非周期のケルト装飾
アンマン–ビーンカーのタイリングを土台にしてケルト装飾を織り、糸の本数と輪の大きさを数えた。
なにか
組紐(第26作)では、長方形を織る糸の本数がちょうど gcd(縦, 横)だった。では織る土台を、周期しないタイリングに替えたら糸は何本になるのか。それを確かめたのがこの作品である。タイリングの各辺の中点を交差点にし、面の中で隣どうしの中点を結ぶと、全体が4価の平面グラフ(中間グラフ)になる。Tait の古典定理により、どんな4価平面グラフも「糸に沿って上下が必ず交互」の交代絡み目として組める。つまりどんなタイリングも、そのままケルト装飾になれる。
969枚のパッチで数えると、糸は59本あった。ただし均等ではなく、上位2本の巨大な糸が全長の半分以上を織り、残りは8回対称の星のまわりで閉じる小さな輪になる。周期織りの「gcd で等分」とはまるで違う階層構造が出てきた。gcd という数が消えたあとに、巨大糸+小輪という「かたちの統計」が残る。
どう作ったか
糸の継ぎ方は「交差で直進」にした(各面の向きで prev↔prev / next↔next を対にするやり方で、実装上は向きが交差のたびに反転するだけ)。この規則を取り違えると、小さい輪だらけになる。正しさは対照実験で確かめた。同じ構成を正方形格子にかけると、組紐の gcd 定理(12×8→4本など4ケース)を寸分違わず再現する。上下の2彩色にも矛盾はなく、非周期の土台でも糸は全域で交互に上下する。
土台くらべ。糸は土台の性格を暴く
同じ構成を3つの非周期タイリングにかけると、糸の性格がまるで違った。Hat: 縁に触れない輪はほぼ全てちょうど「14」で、その147本は147枚の鏡映帽子と1対1に対応する。糸が少数派(正:鏡映=φ⁴:1)のタイルを1枚ずつ輪で囲んで見つけ出す。ペンローズ: 輪のサイズが 10, 40, 50, 90, 130, 170, 220, 250 と飛び飛びの階層をなす(90=40+50・220=90+130 のような加法もちらつく=置換の自己相似の影)。アンマン–ビーンカー: 16, 32, 64 と倍々に増える。最小の輪はどの土台でも「一番たくさんタイルが集まる頂点(星)」を囲む。周期織りの gcd が消えたあと、土台ごとに違う「輪の暗号」が現れる。
探索ノート2。ペンローズの輪の家系は「1世代遅れの複製」だった
ペンローズの輪サイズの飛び飛びの階層(10, 40, 50, 90, 130 と続く)が定理か偶然か、置換の深さ d=5,6,7 で個数を数え比べた。答えは、個数がちょうど1世代遅れで伝播することだった。count(50, d) = count(10, d−1)、count(40, d) = count(90, d) = count(50, d−1)、count(70, d) = count(130, d) = count(40, d−1)。つまり置換のたびに輪の家系が1世代ずつ押し出され、個数はサン(太5枚の星を囲む10の輪)の系列 1→5→16→40→111(比→φ²)をなぞる。中身も対応する: 50の輪が囲む「太5・細10」は、10の輪が囲むサン「太5」をちょうど1回デフレした姿である。いっぽう 220=90+130 のような加法関係は、深さを変えると消えるサイズ(縁の形に依存)を含んでいて偶然寄り。実体は加法ではなく「世代遅れの複製則」だった。
探索ノート3。Hat の輪にも家系があった(×φ⁴ の世代則)
ペンローズで確立した数え方を Hat へ移した。予想は「鏡映帽子を囲む14の輪は、置換1回ごとに個数が ×φ⁴」。置換の深さ d=2〜6 で数えると、14輪は 22 → 147 → 1009 → 6912 → 47377 本。各世代で鏡映帽子の枚数と厳密に一致したまま(d=2〜4 は位置も1対1で確認)、隣り合う比は 6.682 → 6.864 → 6.850 → 6.854 と φ⁴=6.8541 を挟みながら収束した。予想は当たった。そして数えている途中で、予想していなかったものが出てきた。d=3 から「108の輪」、d=5 から「786の輪」である。108の輪は d=6 までに 1, 8, 78, 628 本と殖え、どれも中身が完全に同じ。帽子24枚(正12・鏡映3・F 9、P と T は一枚も入らない)のモチーフを囲む。786の輪は282枚(うち鏡映36)を囲む。つまり Hat の内輪は {14, 108, 786} の飛び飛びの階層をなす。ペンローズの {10, 40, 50, 90} の家系と同じ現象が、家系の形だけ変えて Hat にもあった。
探索ノート4。輪は「住所」を読んでいた(第4種は見つからない)
なぜその場所にだけ輪が立つのか。まず108のモチーフは輪の重心まわり120°回転で頂点集合が厳密に不変=正確な局所3回対称だった。そこで鏡映帽子(H1)の正三角形三つ組(辺5.97)を全数検出すると、d=5 には303個あり、うち301個は3枚が回転で互いに写り合う真の3回対称配置。なのに輪を持つのは78個しかない。対称性は必要条件で、分けているのは置換階層の中の席=住所だった: 輪あり78個 ⇔ 3枚のH1が全て「Fスーパータイルの子#3のHメタタイル」生まれで、そのFが親の子#0か子#9の席にいる(例外ゼロの完全同値)。786の輪はさらに深く、11本の中心H1は全て4世代分の住所 P2#6/H1#3/H0#1 を共有する(同じ住所のH1は22枚・輪を持たない残り11枚は縁寄り)。つまり14の輪は住所1桁(鏡映なら誰でも)、108は2〜3桁、786は4桁を読む。糸は局所の編み規則しか知らないのに、たどり切って閉じた輪は置換階層の深い住所を言い当てる。では5桁を読む第4種はあるか。探した範囲では見つからなかった: d=6の全パッチ(帽子37万枚)にも、d=7で最も深い3回対称点を中心にした半径800の窓(帽子58万枚・その中に108輪1177本・786輪209本)にもない。桁が深いほど急激に稀になるので、「ない」のか「もっと先」なのかはまだ開いた問い。あわせて、サイズ比 108/14=7.71・786/108=7.28 に「収束先」を問う前提(無限の自己相似族)は崩れた。3種はそれぞれ別の住所を読む別のモチーフで、幾何半径は 1.07/5.21/18.52(比4.87・3.55)と等比にもならない。
探索ノート5。住所は言い換えだった。決めていたのは帽子2枚
ノート4の「住所」は正しいが、答えとしては物足りない。置換階層の席という遠い話が、なぜ目の前の糸の閉じ方を左右するのか。そこで住所を一切使わず、三つ組の中心から半径 R 以内の帽子の並びだけを取り出し、回転と鏡映を揃えて実距離で分類してみた(座標を丸めた文字列で比べると、境目にまたがった同じ塊が別種類に化ける。実際そう見えたので、実距離で測り直した)。
結果は驚くほど鋭い。半径5までは、301個の三つ組の近傍がすべて合同。輪が立つ席と立たない席は、どれだけ見比べても同じ景色に見える。ところが半径6にすると近傍は7種類に割れ、輪の有無が混ざる形はゼロになる。つまり輪は住所ではなく半径6の近傍だけで決まる(局所決定)。しかも輪が立つ近傍はただ1種類(78席すべて合同)。住所は、この「1つしかない景色」を階層の言葉で言い換えていただけだった。
半径5と6のあいだで何が変わるのか、両者の差分を取ると帽子2枚だった。中心から距離5.65〜5.72のところにある H 帽子が、輪ありでは (2.82, −4.97)・(2.89, 4.93)、輪なしでは (3.19, 4.67)・(2.45, −5.10) に置かれている。それだけの差で輪は立ち、立たない。
では糸はどこで運命を分けるのか。輪ありの席で輪を作る弧と同じ位置の弧を輪なしの席でも選び、そこから糸をたどると: 輪なしの席でも糸は輪の道を29歩・34歩・65歩・70歩と一歩の狂いもなく(ずれ0.05未満で)なぞる。輪は108歩・3回対称なので1区画は36歩、2区画は72歩になる。つまり糸は区画を1つ、あるいは2つ、ほぼ完走してから、角を曲がりきれずに外へ抜ける。輪が立つかどうかは「途中まで正しく編めるか」ではなく「最後の角を曲がれるか」の差だった。
もうひとつ分かったことがある。輪の内側の24枚(F:9 H:12 H1:3)は、78本のどの輪でも回転と鏡映を除いて合同。内訳は「子#3の席にいるHメタタイル3個まるごと(12枚)+子#5の席にいるFメタタイル3個まるごと(6枚)+端数6枚」。輪は模様ではなく、決まった24枚の塊の外周そのものだった。
出典
- 数理
- 中間グラフと交代絡み目の対応は P. G. Tait (1877) に遡る古典。タイリングは Ammann–Beenker (1982)。組み合わせは本ギャラリーのかけ算第4号
- 生成
- generators/celtic.js(有向弧の状態機械・糸は長さ順に配色)