かけ算第20号|太鼓の節線 × 非周期タイリング
非周期タイリングの輪郭を縁にした太鼓が同じ音を2つもてるかは、非周期かどうかではなく回転対称で決まる。90°回転を足したときだけ2つのモードが縮退する。
この作品の問い
太鼓の節線の主役は縮退だった。正方形の膜では λ/π² = m²+n² が 2 通りに書けることがあり、そのとき2つのモードの重ね合わせがすべて同じ音のままなので、1つの音から連続無限の模様が作れる。砂をまくたびに違う図が出るのに、耳には同じ音が聞こえる。
縮退は対称性が作る。では、対称性を持たない非周期タイリングの輪郭を縁にした太鼓では、その主役は死ぬのか。
先に、はっきりさせておかなければならないことがある。ヘルムホルツ方程式 −Δu = λu が見ているのは領域 Ω だけで、その中にどんなタイルが敷いてあるかは音にいっさい効かない。だから「非周期タイリングの太鼓」という問いが意味を持つのは、縁の形をタイリングが決めているときだけである。この作品では Hat タイルのパッチの外周のギザギザを縁として使う。
対称性だけを変える
「非周期だから縮退しない」のか「対称性がないから縮退しない」のかを分けるには、タイリングを変えずに対称性だけを足すのがいちばん早い。同じ Hat のパッチから4つの領域を作った。
- 素のまま:パッチの輪郭をそのまま使い、対称性を持たない
- 鏡映を足す:左右を鏡に映して重ねる(D₁)
- 180°回転を足す:半回転で重ね、C₂ の対称を持たせる
- 90°回転を足す:90° ずつ回した 4 枚を重ねると C₄ になる
足す対称性がこの3つなのには理由がある。計算は正方格子の上でやるので、正方格子が厳密に持てる対称性でないと、対称にしたはずの領域が計算の上では対称でなくなる。鏡映は格子点 (i,j) を (N−i,j) に、90°回転は (N−j,i) に移る。どちらも整数のままだ。3回回転や5回回転は正方格子には置けない。
結果は図のとおりで、90°回転を足したときだけ隣り合う音の隙間が 10⁻¹⁴ に落ちた。
| 領域 | 足した対称性 | 隣り合う音の最小の隙間 | 縮退 |
|---|---|---|---|
| 素のまま | なし | 4.9×10⁻³ | なし |
| 鏡映を足す | D₁ | 8.3×10⁻² | なし |
| 180°回転を足す | C₂ | 9.4×10⁻² | なし |
| 90°回転を足す | C₄ | 2.9×10⁻¹⁴ | 2組 |
非周期かどうかは、関係がなかった
4つとも同じ非周期タイリングから作った領域である。それでも縮退が出たのは1つだけだった。つまり「非周期だから同じ音を2つ持てない」のではない。
そして「対称性があれば縮退する」でもない。鏡映も 180°回転も、立派な対称性である。それでも縮退しなかった。それどころか、対称性を足したほうが隙間はむしろ広がった(4.9×10⁻³ → 8×10⁻²)。
効いているのは、対称性の群が「2次元の既約表現」を持つかどうかだった。縮退とは「同じ固有値の固有関数が2本以上ある」ことで、そのとき対称の操作はその2本の張る平面を回す。つまり2次元の表現が要る。鏡映(Z₂)も 180°回転(Z₂)も可換な群で、可換群の既約表現は複素数の上ではすべて1次元である(C. Teleman の表現論の講義ノートの定理 4.10)。Z₂ は実数の上でも 1 次元の表現しか持たないので、縮退を作れない。C₄ も可換だが、90°回転は実の固有ベクトルを持たないので、実数の上では 2 次元の既約表現になり、対を作れる。「回転があるか」ですらなく、「半回転より細かい回転があるか」だった。ここで自分で確かめたのは「実際に解いて縮退が出るか出ないか」である。
主役はそのまま戻ってくる
縮退が戻れば、主役も戻る。混ぜ方 t を連続に変えると、模様は連続に変形し続けるのに、音はまったく動かない。1つの音から連続無限の模様。正方形の膜でやったのと同じことが、ギザギザの非周期の縁の上でも成り立つ。
面積は聞こえる(Weyl の法則)
音の数え方 N(λ) ≈ (面積/4π)λ − (周長/4π)√λ は、領域の形によらない。低いほうから 30 個の固有値に 2 項を当てはめると、面積の係数は 1〜5% で合った(素のまま 0.989・90°回転 0.951・正方形 0.994)。
いっぽう周長のほうは 30 個では読み切れない(正方形で当てはめた周長は 2.85 で、真の 4 に届かない)。太鼓の節線では Λ = 10⁴ まで数えて 0.00% の一致を出していた。2項目は、ずっとたくさん数えないと出てこない。
自分で動かす
下の絵はこの場で計算している(あらかじめ描いた絵の切り替えではない)。上の図を作っているのと同じ 1 本のコード gallery/assets/drumtile-live.js を、記事の中で呼んでいる。混ぜ方 t を動かして、音の数字が動くかどうかを見てほしい。90°回転を足した領域でだけ、音が止まる。
- 音(レイリー商)
- —
- 隣との隙間
- —
- 節領域(部屋)の数
- —
- 低いほうから6つの音
- —
- 縮退した対
- —
選んだ対称性の領域で解いた振動モードを、符号で塗り分けた図(2色の境目が節線)
ここで動かしている「混ぜ方」は、縮退しているときだけ意味がある操作である。縮退していない2つを混ぜると、それはもう固有関数ではないので音が動く。その様子も、そのまま数字に出るようにしてある。領域の元になっている Hat のパッチのマス目は出荷時に焼き込んだもので、生成器が作るマス目と1ビットも違わないことを検査に置いてある。
どう作ったか
領域を格子のマス目に落とし、5点ラプラシアンで −Δ を組んで、低いほうから固有値と固有関数を求める。道具の作り方に3つ、外せない注意があった。どれも実際に踏んだ。
- 単一ベクトルの Lanczos 法は、縮退の2本目を見つけられない。不変部分空間ごとに1本しか出ないので、正方形で解くと (1,2) と (2,1) が1個にしか見えない。縮退そのものを測りたいのだから、これは致命的である。ブロック(複数の出発ベクトル)で張る
- cI − A のクリロフ空間では収束しない。上端の固有値どうしの相対的な隔たりが 0.06% しかないためで、実際に λ₁ が 19.74 のところ 25.79 と出た。A⁻¹ を共役勾配法で作って、そのクリロフ空間で張る
- 対称化はマス目の上でやる。連続の座標で回すと三角関数の丸めが入り、対称にしたはずの領域が格子の上で厳密に対称でなくなる。最初は 3回回転で試して、隙間が縮まずに悩んだ
正方形で答え合わせをすると、離散の厳密解 (4/h²)(sin²(mπh/2) + sin²(nπh/2)) と 10⁻⁸ で一致し、縮退した対もちゃんと2本ずつ出る。
測りたいものが、測れる精度より6桁よい。固有値そのものは反復の打ち切りで 10⁻⁸ ほどずれるし、縁を格子の階段で近似しているぶん 1/N の誤差もある。それでも縮退した対の「隙間」は 10⁻¹⁴ で出る。隙間がゼロであることは行列そのものの対称性が保証していて、解の精度とは別の話だからである。差を測るときは、絶対値の精度に足を引っぱられないことがある。
出典
- 数理
- 固有値が対称群の既約表現ごとに分類され、それぞれに次元があることは N. Pavloff, arXiv:chao-dyn/9411017 の p.2、可換群の既約表現が(複素数の上で)すべて 1 次元であることは C. Teleman の講義ノート(Cambridge 2005)の定理 4.10 で読んだ。ここで確かめたのは「実際に解いて縮退が出るか出ないか」である。Weyl の法則は H. Weyl, Math. Ann. 71 (1912) 441〜479 の定理 VIII(pp.456〜457。Göttingen のデジタル版のページ画像で読んだ。1911 年のものは Göttinger Nachrichten の短報)。Hat タイルは D. Smith, J. S. Myers, C. S. Kaplan, C. Goodman-Strauss (2023)
- 生成
- generators/drumtile.js(タイリングの多角形の和集合から領域のマス目を作る・マス目の上での対称化・図2枚。依存ゼロ・乱数は固有値ソルバの出発ベクトルだけ=種を決めれば答えも決まる)固有値ソルバ(5点ラプラシアン・共役勾配法・ブロック・クリロフ部分空間・Jacobi 回転・節領域の数え・重ね合わせ)は gallery/assets/drumtile-live.js に置き、出荷SVGの生成器と記事のドラッグ版が同じ1本を共有している