カルマン渦列
千鳥に並んだ渦の列は、間隔の比 h/a = 0.2805 のただ1点でだけ乱れが育たない。安定な渦列は存在せず、この1点が旗のはためきや電線の音を作る。
なにか
流れの中に棒を立てると、後ろに渦が互い違いに並んで流れていく。川の橋脚の下流、風の強い日の電線、衛星写真に写る島の風下の雲。どれも同じ形の列で、周期的に渦がはがれるから旗ははためき、電線は音を立てる。
ここでは渦を理想化した点渦(強さ Γ の点)にして、上の列に +Γ、下の列に −Γ を等間隔 a で置く。列の間隔を h として、この並びがいつまで保つかを測る。周期 L で並ぶ点渦の列が作る速度場は、1/(z−na) の和がコタンジェントに畳まれて u − iv = −iΓ/(2L)·cot(π(z−z₀)/L) と閉じた形になる。打ち切り和と突き合わせてから、この核だけで全部を組み立てた。
まず分かるのは、千鳥の列が形を変えずに進むことである。どの渦も同じ速度を持ち(ばらつき 10⁻¹⁵)、その速さはコタンジェントの値そのもので U = (Γ/2a)·tanh(πh/a) になる。向かい合わせ(互い違いでない)の列も同じく剛体で進み、こちらは coth に変わる。
中立なのはただ一点
列に微小な乱れを入れて、どれだけの速さで育つかを測った。乱れを波数 θ の波で入れると、平行移動の対称性のおかげで周期 M の列が θ ごとの 4×4 の系に割れる。その固有値の最大実部が成長率である。答え合わせに、何も共有しない第 2 経路として速度場の数値ヤコビアン(中心差分)を作り、線形系を長時間積分して同じ量を測った。2 つの経路は 0.2% 以内で一致する。
千鳥の列の成長率は h/a = 0.28055 のただ一点で 0 に触れ、その両側では正である。谷を三分探索で詰めると h*/a = 0.2805499 が出て、sinh(π h*/a) を計算するとちょうど 1 になる(8 桁)。つまり h*/a = ln(1+√2)/π。この閉じた形は測った値から言い当てたものである。カルマン自身は、1911 年の最初の報告では cosh(πh/l) = √3、h/l = 0.359 としていたが、1912 年の続報で cosh(πh/l) = √2 に改め、h/l = 0.283 と書いた。cosh = √2 は sinh = 1 と同じ条件なので、式はここで言い当てたものと一致する。印刷された 0.283 は、正しく計算した 0.2805 と小数第 3 位で合わない。
中立点でも「安定」ではない。成長率が 0 というだけで、押し返す力はない。それでも他のどの並びよりも長く形を保つから、棒の後ろには毎回この形の列が残って見える。
相手の列を消しても、壊れる速さは変わらない
向かい合わせの列はどうか。間隔 h をどう変えても、成長率は π/4·Γ/a² のまま動かない(h/a = 0.1 から 1.0 まで振ってずれ 10⁻⁷)。しかもこの値は、相手の列を消して 1 列だけにしたときの成長率と同じである。1 列の場合は手で閉じた形まで出る。いちばん危ない乱れは θ = π(1 本おきに互い違いへずれる波)で、そこに出てくる和 Σ 1/sin²(πd/M)(d は奇数)が M²/4 にちょうど畳まれるので、成長率は π/4·Γ/a² になる。
つまり乱れを育てているのは、列と列の関係ではなく 1 本の列の中の隣どうしである。隣り合う渦が対を作って巻き込み合う、それだけで列は壊れる。向かい合わせに置いた相手の列は、この成長をまったく抑えられない(成長率が 1 列だけのときと厳密に同じ値になる)。千鳥だけが、互い違いのずれのおかげで列どうしの干渉が列の中の成長を打ち消せて、それも h* の一点だけで釣り合う。
実際に流すとそのとおりに壊れる。10⁻⁶ の乱れから始めて、h/a = 0.22 の千鳥は t = 60 で列が崩れて渦が対を作り、h* の千鳥は同じ時間で形を保ったままだった。時間発展はルンゲ・クッタで、保存量(点渦のハミルトニアン)のずれは 10⁻¹¹ 以下に収まっている。
どう作ったか
生成器は generators/karman.js で、複素数の計算から周期核、ブロッホ分解、時間発展、流れ関数の等値線までを外部のライブラリなしで書いた。4×4 の固有値は、特性多項式を Durand と Kerner の方法で解いて求めている。成長率はブロッホ分解と数値のヤコビアンの2通りで出し、両方が一致することを確かめた。カードの図は、列と一緒に動く座標系で見た流線で、ψ − U·y の等値線である。
1 列だけの成長率を 2×2 の固有値で出したときは、絶対値に平方根を二度かけて 0.886 と出してしまい、数値のヤコビアンの 0.785 と食い違った。直すと 2 つは π/4 で一致した。閉じた式と数値が食い違ったら、片方を信じるのではなく両方を出し直すのがよい。
出典
- 数理
- Th. von Kármán, „Über den Mechanismus des Widerstandes, den ein bewegter Körper in einer Flüssigkeit erfährt", Nachr. Ges. Wiss. Göttingen, Math.-Phys. Kl. 1911, 509–517(p.513 の cosh(πh/l) = √3)と、その続報 1912, 547–556(p.551 の cosh(πh/l) = √2、p.552 の「最初のノートの計算は 0.359 を与えたが、今回の厳密な調べでは 0.283」)。どちらも Göttingen のデジタル版のページ画像で読んだ。ここでは自分の測定から sinh(π h*/a) = 1 を言い当てる形で確かめた。周期核・並進速度・ブロッホ分解・1 列の π/4 は cot の核から自分で組み立てた
- 身近
- 橋脚の下流の渦・風の日の電線の唸り・旗のはためき・島の風下に並ぶ雲の渦(Caldeira と Tomé の論文 arXiv:1202.6362 の図 1 に、2002 年 7 月 5 日にマデイラ島の風下にできた渦列の衛星写真がある。この論文は、マデイラ島の渦列の写真が Chopra と Hubert 1965 をはじめ多くの研究のきっかけになったと書いている)
- 親戚
- 太鼓の節線・泡の法則・砂丘の風紋・川の分岐
- 生成
- generators/karman.js(karman.svg 流線・karman-book.svg 成長率の帳簿)