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黄鉄鉱の五角形は正五角形になれない

黄鉄鉱には、五角形の面 12 枚でできた結晶がある。正十二面体に似ているが、結晶は 5 回回して重なる形を持てないので、面は正五角形にならない。面の傾きを決める 2 つの整数の比を黄金比に近づけると正十二面体に近づき、ゆがみは 1 段ごとにおよそ 2.6 分の 1 に縮んだ。整数の比なので、どこまで行っても正五角形には届かない。

真鍮色の十二面体が 8 個並ぶ。上の 2 段は面の指数が {410}・{310}・{210}・{320}・{530}・{850} の五角十二面体で、面に細い筋が入り、右へ行くほど正十二面体に近づく。下の段は筋の入った {210} と、筋のない正十二面体
{h k 0} の十二面体を h/k の大きい順に並べた。筋は、面ごとに屋根の辺(下の本文)の向きに引いた。下の段の右は h/k を黄金比にした正十二面体で、結晶の形にはならないので筋を入れていない。

なにか

黄鉄鉱(FeS₂)の結晶の形は、立方体・八面体・五角十二面体の 3 つが代表である。C. Arrouvel と J.-G. Eon の 2019 年の論文によると、面の指数が {h k 0} の 12 面の形は、h = k なら菱形の十二面体、h ≠ k(たとえば {210})なら「擬五角形」の面を持つ不規則な十二面体になる。後者では、同じ向きの 2 面が出会う辺だけがほかの 4 辺より長い。天然の五角十二面体の面もゆがんでいる、とある。

同じ論文は、立方体の面の筋がいつも [100]・[010]・[001] のどれかの向きに走ること、五角十二面体の面 (210)・(2-10) の筋は [001]、(021)・(02-1) は [100]、(102)・(-102) は [010] に沿うことを、標本の写真とともに書いている。この向きの筋は positive と呼ばれ、呼び名は Endo と Sunagawa による。C. Arrouvel の 2022 年の論文の要旨は、よく出る面を筋のある (001)、なめらかな (111)、筋のある (210) の 3 つとしている。

模型

中心から 12 枚の面 (±h, ±k, 0)・(0, ±h, ±k)・(±k, 0, ±h) までの距離をそろえて、その内側を取り出した。形は 2 通りで出した。1 つ目は、面を 3 枚ずつ選んで交点を出し、全部の面の内側にある点だけを頂点として残した。2 つ目は閉じた式で、頂点は立方体の頂点 (±1, ±1, ±1)/(h + k) と、屋根の頂点 (±1/h, 0, ±(h − k)/h²) の座標を巡回させた 12 個である。面 (h, k, 0) と (h, −k, 0) が出会う辺を屋根と呼ぶ。長さは 2(h − k)/h² になる。

2 通りの出し方で 17 通りの形を出すと、頂点の座標の差は最大 1.1×10⁻¹⁶、二面角の差は最大 5.0×10⁻¹⁰ 度だった。面の法線から出した二面角と、頂点から出した二面角を比べている。

{210} の辺の比は 1.31、角は 13.6° 外れる

五角形の面 6 枚を平らに並べた図、h/k を 1 から 4 まで振ったときのゆがみの曲線 2 本、フィボナッチの比の表、形の対称の数と整数の行列の位数の表、筋を引いた立方体と五角十二面体、論文の安定の順と外れの表
上から、面を平らに置いた五角形 6 枚、h/k を振ったゆがみ、フィボナッチの比の表、対称の数と格子が持てる回転、筋の向き、論文の安定の順を並べた。

見立ての 1 つ目は、{210} の五角形は正五角形からかなり外れ、長い辺と短い辺の比は 1.3 くらい、角は 108° から 10° 以内、だった。中心から面までの距離を 1 とすると、{210} の 5 辺は屋根が 0.5000、ほかの 4 辺が 0.3819 で、比は 1.309 だった。論文の「屋根だけが長い」と合う。内角は屋根の向かいが 121.588°、屋根の両端が 102.604°、残りの 2 つが 106.602° で、108° から 13.588° 外れた。辺の比は当たり、角は外れた。二面角は屋根で 126.870°、ほかの辺で 113.578° の 2 種類である。

黄金比に近づけると 2.6 分の 1 ずつ縮む

見立ての 2 つ目は、h/k をフィボナッチの比 2/1・3/2・5/3・8/5 … と進めると、ゆがみは 1 段ごとにおよそ φ² ≈ 2.6 分の 1 に縮み、どこまで行っても 0 にはならない、だった。内角の 108° からの外れの最大は、2/1 で 13.5881°、3/2 で 5.4058°、5/3 で 2.0379°、8/5 で 0.7826° と縮み、55/34 では 0.0166° だった。前の段との比は 2.514・2.653・2.604 と揺れてから、2.618 に落ち着く。見立てどおりである。

h/k を 1.02 から 4 まで 0.01 刻みで振ると、ゆがみは 1 か所だけ 0 に近づく谷を持つ。その底を黄金分割探索で探すと 1.618033988750 で、黄金比 φ と小数 12 桁まで同じだった。そこでは 5 辺が等しく、内角はすべて 108°、二面角は 116.565° の正十二面体になる。整数の比は φ に等しくなれないので、結晶の五角十二面体は正十二面体に届かない。

見立てにはなかったこととして、屋根の長さの向きが 1 段ごとに入れ替わった。h/k が φ より大きい 2/1・5/3・13/8 では屋根がほかの辺より長く、φ より小さい 3/2・8/5・21/13 では短い。{320} の屋根はほかの辺の 0.867 倍である。論文の「屋根だけが長い」は、{210} や {310} のように h/k が φ より大きい形の話になる。

対称の数は 24 で、φ のときだけ 120

見立ての 3 つ目は、形の対称の数(点群の位数)は有理数の h/k ならどれでも 24、h/k = φ のときだけ 120 に跳ぶ、だった。頂点の集合を自分に移す直交行列を総当たりで数えた。{410} から {850} までの 6 つと、h/k = 1.0001 はどれも 24(回転は 12)で、φ だけが 120(回転は 60)だった。面の法線の集合で数え直しても同じ数になった。両端の立方体と菱形十二面体は 48 である。見立てどおりである。

結晶が 5 回回して重なれない理由も数で確かめた。格子を自分に移す回転は、格子の座標で書くと整数の行列になり、対角の和が整数になる。3 次元の回転の対角の和は 1 + 2cos(2π/n) なので、n は 1・2・3・4・6 に限られる。成分が −2〜2 の整数の 3×3 行列 1,953,125 個のうち、行列式が ±1 の 135,408 個を 12 乗までかけて、単位行列に戻った位数を数えると、見つかった位数は 1・2・3・4・6 だけで、5 は 0 個だった。

筋は隣の面どうしで直角に走る

見立ての 4 つ目は、立方体の面の筋を {h k 0} の面との段差だと見ると、隣り合う 3 つの面の筋は互いに直交する向きに走る、だった。面 (100) にいちばん寄りかかる {210} の面は (2 1 0) と (2 −1 0) で、交わりの向きは [001] になる。同じように (010) は [100]、(001) は [010] で、3 面の筋は互いに直角の向きになった。五角十二面体の屋根の辺の向きで数え直しても、同じ 3 つの向きになった。見立てどおりである。

この模型で面と向きの組を並べると、(210)・(2-10) は [001]、(021)・(02-1) は [100]、(102)・(-102) は [010] になり、論文が positive の筋として書いている組と 3 つとも一致した。論文の本文を見た範囲では、立方体の面ごとにどの向きの筋が出るかまでは書かれておらず、立方体のほうは模型の予言にとどまる。

よく出る {210} は、正五角形からいちばん遠い組に入る

見立ての 5 つ目は、指数 3 以下の {h k 0} で正十二面体にいちばん近いのは {210} ではなく {320}、だった。内角の外れは {320} が 5.41°、{210} が 13.59°、{310} が 33.28° で、見立てどおりである。指数 5 までなら {530} の 2.04° がいちばん近い。

Arrouvel と Eon の論文は、力場の計算で面のエネルギーの低い順を (001) < (310) < (210) < (320) < (110) < (540) < … としている。{h k 0} の面だけ抜くと、いちばん安定な (310) は外れ 33.28° で、(210)・(320) と進むほど正五角形に近づく。安定な面ほど正五角形から遠い、という並びは最初の 3 つだけで、(540) の 19.39° から先は崩れた。

→ 結晶のかたち(面のエネルギーから形を出す作品)

→ ペンローズ・タイリング P3(5 回対称の非周期タイリング)

機械で分かる範囲と、目でしか分からない範囲

機械で確かめたのは、2 つの経路で出した頂点と二面角が一致すること、五角形の辺と角、フィボナッチの比で縮む割合、ゆがみの谷の底が φ にあること、対称の数、整数の行列の位数、筋の向きが論文の組と合うことである。

形は、面がどれも中心から同じ距離にある理想の十二面体で出している。天然の結晶は面ごとに育ち方が違い、論文にも、天然の五角形の面はゆがんでいるとある。実物の標本の角度は測っていない。

どう作ったか

生成器は generators/pyrite.js である。1 つ目の経路は、12 枚の面から 3 枚ずつ選んで交点をクラメルの式で出し、内側の点を残した。2 つ目の経路は閉じた式の頂点である。対称の数は、一次独立な 3 頂点を、距離のそろう 3 頂点に移す行列を全部作り、頂点の集合を自分に移すものを数えた。カードの十二面体は正射影で描き、面の明るさは光の向きとの内積で決めた。

確かめていないこと。Endo と Sunagawa の 1973 年の論文(American Mineralogist)は開いていない。Arrouvel の 2022 年の論文は、MSA が公開している受理前の原稿(Revision 1)を読んだもので、刊行版とは照らし合わせていない。

出典

論文
C. Arrouvel, J.-G. Eon「Understanding the Surfaces and Crystal Growth of Pyrite FeS2」Materials Research 22(1), e20171140 (2019)。{h k 0} の形と屋根の辺(p.3)、立方体と五角十二面体の筋の向き(p.3)、{310}・{410}・{320} の面(p.3)、面のエネルギーの順(p.4)を読んだ
論文
C. Arrouvel「Crystal shapes, triglyphs and twins in minerals: the case of pyrite」American Mineralogist 107(12), 2251–2260 (2022), doi:10.2138/am-2022-8280(書誌は Crossref で確かめた)。受理前の原稿の要旨から、よく出る 3 つの面と筋の呼び名を読んだ
数理
2 つの経路の十二面体、ゆがみの谷の底、対称の数、整数の行列の位数は、自分で組んで数値で確かめた
親戚
結晶のかたち・ペンローズ・タイリング P3・原子核の魔法数がそろう細い帯
生成
generators/pyrite.js(pyrite.svg 表紙・pyrite-book.svg 帳簿)。数値は generators/data/pyrite/facts.json に書き出した