結晶のかたち
境界を作るエネルギーが向きで違うと、面積一定で境界のエネルギーを最小にする形は円ではなく多角形になる。角が立つしきい値は 1/(n²−1) である。
塩は立方体、雪は六角
食塩の結晶は立方体に、雪は六角に、ダイヤモンドは八面体になる。なぜ丸くならないのか。
周転円で描く角で、同じ周長なら円がいちばん広いこと(等周不等式)をフーリエ係数の項ごとの不等号として見た。泡が丸くなろうとするのもこれである。ただしあの話には隠れた前提があった。どの向きの境界も同じエネルギーで作れる、という前提である。
まず「表面エネルギー」を決めておく
結晶の内部では、原子はまわりの原子と結合している。ところが表面では結合が切れる。切れた結合の数がそのままエネルギーとして残るので、境界を作るには必ずエネルギーが要る。この「境界を単位長さ作るのに要するエネルギー」を表面エネルギー γ という(3次元なら単位面積あたり)。
肝心なのは次のことである。原子の並びに対してどの向きに切るかで、切れる結合の本数が変わる。並びに沿って切れば切れる結合は少なく、斜めに切れば多い。だから γ は向き θ の関数 γ(θ) になる。
この記事では、この γ を「境界の値段」と呼ぶことにする。安い向き(γ が小さい向き)に面を作るほうが得で、高い向きの面はできれば作りたくない。すると「面積一定で境界の総費用 ∮γ(θ)ds を最小にする形」は円ではなくなる。その形を作図で出すのが Wulff 構築(1901)である。原点から各向きに距離 γ(θ) の直線を引き、その内側の共通部分を取る。
この作品でやるのはγ(θ) を仮定して形を出すところまでである。実際の食塩や雪でどの向きの γ が本当に安いのか(岩塩なら {100} 面、など)はこちらでは確かめていない。以下の γ はすべて γ(θ) = 1 + ε cos(nθ) という手で置いた形で、実測の結晶のデータではない。
角が立つしきい値は 1/(n²−1)
異方性を弱くしていくと、どこかで形は丸に戻るはずである。その境目を探した。
ε* = 1 / (n² − 1)
γ が凸性を失う条件(γ + γ″ < 0)を解くと出る式で、γ = 1 + ε cos(nθ) なら γ + γ″ = 1 + ε(1−n²)cos(nθ) となる。これが負になるのは ε > 1/(n²−1) のときである。数値の二分探索と突き合わせた:
| n | 式 1/(n²−1) | 数値(二分探索) | 相対差 |
|---|---|---|---|
| 3 | 1/8 = 0.12500 | 0.12501 | 7.9×10⁻⁵ |
| 4 | 1/15 = 0.066667 | 0.066674 | 1.0×10⁻⁴ |
| 6 | 1/35 = 0.028571 | 0.028576 | 1.6×10⁻⁴ |
| 8 | 1/63 = 0.015873 | 0.015876 | 2.1×10⁻⁴ |
そしてしきい値の手前では角がゼロ、越えるとちょうど n 個の角が一斉に立つ(n = 3・4・6 で確認)。中間の状態がない。相転移のように切り替わる。
しきい値を単位に取ると、n が違っても同じ曲線になった。ε/ε* ≤ 2 の範囲で n = 3・4・6・8 の4本が 1.9 ポイント以内に重なる。「角が立ちはじめる振る舞い」は n によらず、しきい値の位置だけが 1/(n²−1) で動いている。ただし ε/ε* = 8 までいくと 10.6 ポイントまで開くので、「完全に重なる」とは書けない。
しきい値は n² に反比例して下がる。細かい異方性のほうが、弱くても角を立てやすい。6回対称なら γ の揺れが 2.9% で角が立つが、3回対称だと 12.5% 必要である。角の数が多い形のほうが「安上がりに」作れる。
形より向きで決まる
本当に Wulff 形状が最小なのか、同じ面積の他の形と比べた(γ = 1 + 0.15 cos 6θ =しきい値の 5.25 倍)。
| 形 | ∮γds | Wulff の何倍 |
|---|---|---|
| Wulff 形状 | 5.5666 | 1(最小) |
| 正六角形(向きが合う) | 5.6081 | 1.0075 |
| 円 | 6.2832 | 1.1287 |
| 正12角形 | 6.3566 | 1.1419 |
| 正方形 | 7.0898 | 1.2736 |
| 正六角形を30° 回す | 7.5875 | 1.3630 |
| 正三角形 | 9.2927 | 1.6694 |
Wulff 形状は「丸みを帯びた六角形」で、完全な正六角形よりわずか 0.75% だけ良い。ここは予想どおりだった。予想外だったのは回した六角形である。
正六角形は、向きが合っていれば円より良い(1.0075 倍 vs 1.1287 倍)。ところが 30° 回すと 1.3630 倍になり、円よりずっと悪くなる。形は同じ正六角形なのに、円を挟んで反対側に行ってしまう。異方性があるところでは、どんな形を選ぶかより、どの向きに置くかで損得が決まる。
そしてγ を等方に戻すと、∮γds は周長そのものになり、最小は円になった(6.283187 ≈ 2π = 6.283185)。等周不等式に戻る。異方性を消すと親の等周不等式に帰るので、この作品はその異方性版になっている(見取り図の発見 8)。
とがった γ を入れると、本当に平らな面が出る。しきい値も要らない
上の節で「しきい値 ε* = 1/(n²−1) を越えると角が立つ」と書いた。だが角が立った形をよく見ると、辺は平らではない。コーナーの間は弧のままである。cos 型の γ はどこまでもなめらかなので、厳密な平面が出る理由がない。
実際の結晶は平らな面を持つ。その理由は γ が特定の向きで「とがった極小(cusp)」を持つことにある。Einstein の総説は「面を持つ結晶の Wulff 図が液体と違うのは、fi に尖った cusp があることで、それが面を支えている」と書き、Libbrecht も「表面エネルギー γ(n̂) が面の向きで 1 階微分の不連続を持ち、cusp の大きさが面の大きさに対応する」と書いている。⚠️ 「低指数の向きで」という限定は有限温度の話である。T = 0 の古典的な描像(Landau)では、すべての有理指数の向きに cusp が立つ。有限温度では、粗さ転移の温度より下の向きにしか残らない。こちらで実在の結晶の γ を測ったわけではない。ならとがらせてみればいい。
①面が出た。しかも長さが式どおりだった。cusp の左右の傾きは ∓εn/2 なので、γ′ の跳びは εn になる。この跳びがそのまま平らな面の長さになることは、こちらの推測ではなく定理だった。Miracle-Solé の定理(arXiv:1206.3736 の式 62)は、面が出るのは ∂τ/∂θ が不連続なときに限り、片側微分が面の形を決めると述べている。2 次元に落とすと面は [γ′(θ₀−), γ′(θ₀+)] の区間になり、長さは跳びに等しい。測ると ε=0.02 で 0.1211(式 0.1200)・ε=0.05 で 0.3010(式 0.3000)・ε=0.1 で 0.6010(式 0.6000)で、差は 0.001 前後でほぼ一定だった。
比で書くと 1.002〜1.009 になって「ε が小さいほどずれる」ように見えるが、差で見ると一定である。理論の側に高次の補正はない。半平面を 200 万枚にして切り直すと、差は 3×10⁻⁶ まで落ちた。残っていた 0.001 は、こちらの刻みと端点の判定から出ていたことになる。
②しきい値が要らない。ε* の3分の1(ε=0.0095)でも、なめらかな γ は角ゼロなのに、とがった γ は長さ 0.0582 の面を出す(式 0.0571)。ε がどれだけ小さくても、とがりがあれば面が出る。
③だから「しきい値 1/(n²−1)」は「なめらかな γ」に限った話だった。しきい値が存在するかどうかは、γ のとがり方が決めている。
「本物の面か、それとも刻みのせいか」は刻みを振れば分かる。Wulff 構成は半平面 M 枚で切るので、なめらかな形でも「辺」は出てしまう。刻みを 720 → 11520 に 16 倍すると、とがった γ の最長辺は 0.1285 → 0.1205 と残り(式 εn = 0.12 へ収束)、なめらかな γ の最長辺は 0.0148 → 0.0009 とちょうど 16 分の1になった(2π/M に比例)。残るなら面で、縮むなら離散化である。
この作品では、窓と分解能や Hat の回折像と同じく刻みを振って答えが動くかどうかを見ている。あちらでは「答えが動いてしまう」ことが問題だったが、こちらでは動くかどうかが答えそのものになった。
雪の平衡形と成長形
雪の結晶では、同じ六角格子から樹枝・羊歯・扇・板まで作った。あれは成長の速さで決まる形(成長形)である。この作品で出るのはエネルギーが最小の形(平衡形)で、六角の板になる。
同じ「六角対称」から、ゆっくり作れば六角板、速く作れば樹枝という二つの答えが出る。見取り図の発見 22で「対称性を決めているのは格子ではなく成長の規則だった」と書いたが、その裏にはもう一つ「エネルギーで決まる形」があって、こちらは規則ではなく境界の値段(表面エネルギー)が決めている。ここで比べているのは当ギャラリーの2つの模型どうしで、実際の雪の結晶が平衡形からどれだけ離れているかは確かめていない。
自分で動かす
下の絵は、ページを開いたその場で上の図と同じ計算をして描いている(あらかじめ描いた絵の切り替えではない)。ε をゆっくり上げていくと、しきい値 ε* = 1/(n²−1) をまたいだところで角が 0 個から n 個に変わる。
- しきい値 ε*
- —
- 角の数
- —
- いちばん長い辺
- —
- 丸さ
- —
- 現れない向き
- —
スライダーで決めた表面エネルギーから作った結晶のかたち
刻みのボタンを押し比べてほしい。見取り図の発見 38を決めたのが、この比べ方である。とがった γ の面は刻みを増やしても長さが残る(本物の平面)。なめらかな γ の「面」に見えるものは刻みに比例して縮む(ただの離散化)。ε をどれだけ小さくしても、とがった γ には面が出る。しきい値が「ある」かどうかは、なめらかさが決めている。
どう作ったか
Wulff 構築は「半平面 n(θ)·x ≤ γ(θ) の共通部分」なので、大きな正方形から順に半平面で切っていく(Sutherland と Hodgman の方法)。有限個の向きで切るので、その間の向きでは支持関数が γ をわずかに超える。超過は刻み 2880 で最大 3.7×10⁻⁶ で、刻みを倍にすると 4.0 分の1に減った(刻みの2乗)。∮γds は刻みを 720 → 2880 に増やしても相対 2.1×10⁻⁵ しか動かないので、解像度には依存していない。
「自分で動かす」では刻みを選べる。とがった γ の面は刻みを9倍にしても 0.84 倍で残り、なめらかな γ の「面」は 0.11 倍、およそ 1/9 に縮む。「面の長さ = n·ε」が合わないときの理由は2種類ある。ε が小さすぎて面が刻みより短いときは、比が 5.36 → 2.45 → 1.49 と刻みを細かくするほど 1 に寄るので、測り方の問題である。ε が大きすぎるとき(ε=0.3)は比が 0.449 でどの刻みでも動かないので、n·ε という見積もりが成り立つ範囲の外にいる。
出典
- 数理
- 作図は G. Wulff (1901) による。「γ + γ″ < 0 の向きは現れない」(凸性が破れる=不安定な向き)は結晶成長の標準的な結果で、Herring の名で呼ばれることが多い(Herring 1951 の本文は有料で開けなかったので、帰属はここまでにする)/S. Miracle-Solé, "Facet shapes in a Wulff crystal", arXiv:1206.3736=面が出る条件と面の形を片側微分が決めること(式 62)/T. L. Einstein, "Equilibrium shape of crystals", arXiv:1501.02213 と K. G. Libbrecht, arXiv:1205.1452=cusp と面の対応。等周不等式は Hurwitz (1901) の証明を使った
- こちらの主張
- 「しきい値が γ = 1 + ε cos(nθ) のとき ε* = 1/(n²−1) になる」「ε/ε* で規格化するとしきい値の近くで n によらない」「正六角形を 30° 回すと円より悪くなる」はこの作品で式と数値の2経路で確かめたもので、文献での扱いは確かめていない
- 生成
- generators/wulff.js(半平面の共通部分による Wulff 構築・支持関数・現れない向きの判定・角の検出・しきい値の二分探索・∮γds の比較・図2枚。依存ゼロ・乱数ゼロ)図とこのページの「自分で動かす」は、同じ計算 gallery/assets/wulff-live.js を使っている。