アンデスの噛み合う魚
同じ形で平面を埋める魚の模様では、辺を相手に写す3つの写し方(並進・半回転・映進)が隣の列の向きを決める。半回転で噛み合う辺は中点を通る。
なにか
ペルー南海岸のナスカには、一対の魚が互いに噛み合った形の橋形の壺がある(シカゴ美術館蔵、紀元前 180 年から紀元 500 年ごろ)。北海岸のチムーの帯には、階段のついた S 字形が同じ向きで間をあけて並ぶ(メトロポリタン美術館蔵、10 から 15 世紀)。どちらも同じ形を繰り返す模様だが、隙間なく噛み合っているのは魚の壺のほうである。
同じ形で平面を隙間なく埋める模様は、20 世紀にエッシャーが徹底的に探ったもので、その規則は「1 枚のタイルの辺を、どの等長変換で相手に写すか」に尽きる。写し方は 3 つしかない。並進(T)、辺の中点まわりの半回転(C)、鏡映して滑らせる映進(G)である。ハインリヒ・ヘーシュとオットー・キーンツレは、この組み合わせを 1963 年の本で 28 型に分類した。ここでは長方形の台紙に 3 つの写し方だけを自作し、魚の形は自分で描いて、その帰結を測った。特定の作品の模様は写していない。
写し方が隣の列の向きを決める
台紙を 24×10 の長方形にとる。左の辺 L(尾の切れ込み)を描くと、右の辺は L を横に 24 動かしたものになる(T)。だから頭は尾の切れ込みと同じ形で、隣の魚の頭が自分の尾に入る。下の辺 B(腹)を描くと、上の辺(背)は規則で決まる。並進なら背は腹をそのまま上に写したもの、映進なら腹を左右に裏返して 1 段上に写したもの、半回転なら腹そのものが辺の中点まわりに対称でなければならない。
同じ台紙と同じ辺の材料で、規則だけを変えると並びが変わる。並進(T)なら全部の魚が同じ向き、半回転(C)なら 1 段おきに逆さ、映進(G)なら 1 段おきに左右を裏返して向かい合わせになる。この 3 つの並びを、和柄の対称群と同じ検査機(模様を印つきの点の集合にして等長変換を総当たりする)にかけると、回転の位数と鏡映と映進が p1・p2・pg に分かれる。各タイルの写像が「裏返しか」「逆さか」を数える第 2 経路でも、向きの種類は 1・2・2 で一致する。
アンデスの布の魚が列ごとに向きを変えているのは、腹の形を背に写す写し方が映進だからである。全部同じ向きに並べたければ腹をそのまま背に写せばよく、そのとき魚はソーセージのような帯になる。
半回転で噛み合う辺は、必ず中点を通る
半回転(C)の辺には、他の 2 つにない制約が 1 つある。辺は必ず自分の中点を通る。辺を c(t) と書くと、半回転で相手に写る条件は c(1−t) = R(c(t))。t = 1/2 を入れると c(1/2) = R(c(1/2)) で、半回転の不動点は中心しかない。だから逆さの魚どうしは、辺の中点でちょうど 1 点だけ触れ合い、その点が回転の中心になる。中点を通らないように描いた辺は、自分の半回転像と別の曲線になる。その辺で逆さの並びを作ると、格子の帰属に重複と抜けが出る(乱数で描いた辺 30 本すべてで)。
この制約は自由度を半分にする。格子の道(右へ 1 歩ごとに上下 ±1 か 0、|y| ≤ 2、両端 y = 0)を辺の候補として数えると、自由な辺の数 F(w) は幅 w = 4, 6, 8, 10, 12, 14, 16 で 19, 139, 1035, 7723, 57643, 430251, 3211435 と伸びる(深さ優先の勘定と転送行列が一致)。半回転対称な辺の数 C(w) は 3, 7, 19, 51, 139, 379, 1035。C(w) = F(w/2) がすべての w で成り立つ。前半を描けば後半は決まるので、半回転の辺の自由度は自由な辺のほぼ平方根である。
面積は写し方によらない。辺をどう曲げても、台紙の外へ出た分と内へ入った分が辺ごとに打ち消し合うので、タイルの面積は台紙の 24×10 = 240 のまま動かない。乱数で描いた辺のタイル 36 個(3 型 × 12)で、面積のずれは 10⁻¹³ 以下だった。
織機の格子に落としても噛み合いは壊れない
織物の魚は滑らかな曲線ではなく、糸の交差の格子の上の階段である。カードの図は、台紙 24×10 の魚を 1 セル 1 糸の格子に落として作った。セルの中心がどの魚に入るかを 9 個の候補タイルで判定すると、96×96 = 9,216 セルすべてがちょうど 1 匹に属した(重複も抜けも 0)。3 つの規則の等長変換はどれもセルの中心をセルの中心に写すので、格子に落としても各タイルは同じセルの集合を写した形のままで、噛み合いは壊れない。ただし半回転の型だけ、セルの中心が辺の真上に乗るセルがあり、その帰属は同点の決め方で列ごとに揺れる(1 匹あたり 238 と 242 に振れる)。辺の真上のセルを除けば、窓に丸ごと入る 24 匹すべてが同じ集合になる。
どう作ったか
生成器は generators/andes-fish.js で、台紙と辺の折れ線、3 つの規則によるタイルの組み立てと配置、格子への落とし込み、格子の道の勘定を順に書いた。道の数は深さ優先の数え上げと転送行列の2通りで出し、一致することを確かめてある。対称群の判定には、和柄の対称群の判定をそのまま使った。辺をでたらめに引いたタイル 36 個でも、面積が台紙と一致し、敷き詰めに重複も抜けも出ないことを確かめている。
出典
- 数理
- 平面の周期模様の対称群 17 種(E. S. Fedorov 1891、G. Pólya 1924)。タイルの辺の写し方の分類は H. Heesch と O. Kienzle, Flächenschluß (1963) の 28 型で、原著は開いていない。C. S. Kaplan の博士論文(ワシントン大学, 2002)の p.136 が「28 の Heesch 型」として同書を引いているのを確かめた。エッシャーが同じ体系に先にたどり着いていたという話は、開けた資料では確かめられなかったので書かない。ここで確かめたのは、長方形の台紙に T・C・G を組んだときの帰結だけ
- 史実
- ナスカの壺はシカゴ美術館の "Bridge Vessel in the Form of a Pair of Interlocked Fish"(所蔵番号 1957.618、180 BCE–500 CE、Gift of Nathan Cummings、1957 年寄贈、パブリックドメイン)。チムーの帯はメトロポリタン美術館の "Sash"(所蔵番号 28.171.7、10th–15th century、Rogers Fund, 1928、ラクダ科の毛)で、図柄は館の写真で見た。どちらも館の公開データ(API)で確かめた。以前ここに書いていたパラカスの織物の年代(紀元前 200 から 300 年)は、どの館の記録か突き止められなかったので外した。図柄そのものは写していない
- 親戚
- 和柄の対称群・ミトラの階段雷文・Spectre 織り・Krinkle 織り
- 生成
- generators/andes-fish.js(andes-fish.svg 格子に落とした魚・andes-fish-book.svg 規則と帰結の帳簿)