刺し子の一目刺し
方眼の縦の線と横の線に、それぞれ 0 か 1 を書く。0 の線は 1 目めから、1 の線は 2 目めから、1 目おきに縫う。決めるのはそれだけなのに、布には十字や柿の花や迷路が浮かぶ。数字の列をフィボナッチ語にすると、輪の大きさはフィボナッチ数の段に並んだ。
なにか
刺し子は、江戸時代に布を重ねて補強し、繕うために使われた刺繍で、一目刺しは方眼の上で 1 目ずつ縫う刺し方である。Seaton と Hayes の論文は、一目刺しの柄が 0 と 1 の 2 つの列で書けることを示した。縦の線ごとに最初の目が表に出るかどうかを 1 と 0 で書き、横の線も同じように書く。どの線も 1 目おきに表と裏を行き来するので、最初の目を決めれば残りは決まる。論文は、青森の伝統の柄(口刺し・十字刺し・柿の花刺し・井桁刺しなど)をこの列で書き表している。
布を裏返すと、表で縫っていない目がすべて糸になる。裏の柄は、全部の 0 と 1 を入れ替えた列の柄と同じになる。
模型
線のラベルは Defant と Kravitz の決め方に合わせた。縦の線 i のラベルが ε なら、その線の目 [j, j+1] のうち j と ε の偶奇がそろう目を縫う。Seaton と Hayes の書き方の 1(最初の目が表)は、この決め方の 0 にあたる。
どの点にも、縦の縫い目と横の縫い目がちょうど 1 本ずつ来る。糸はどの点でも必ず曲がり、枝分かれもしないので、縫い目はつながって輪か、盤の端から端へ抜ける道になる。輪の数え方は 2 通り用意した。1 つ目は糸を点から点へたどる方法、2 つ目は縫い目を辺として点をまとめ(union-find)、辺の数と点の数が等しいまとまりを輪とする方法である。乱数で線を決めた 10〜80 目四方の盤 400 枚、輪 59,472 個で、2 通りの輪の長さの一覧はすべて一致した。
2 色で塗れ、色は式 1 つで決まる
見立ての 1 つ目は、縫い目で区切られた部屋はどんな列でも 2 色で塗り分けられる、だった。部屋を幅優先でたどり、縫い目をまたぐたびに色を変えていくと、400 枚のどれでも矛盾は出なかった。見立てどおりである。Defant と Kravitz の論文にも、2 色で塗れ、塗り方は色の入れ替えを除いて 1 通りと書いてある。
色は閉じた式でも出せる。Pete の論文は、輪を地図の等高線と見て、方眼の目ごとに高さ H を定めた。縦の線のラベルから作る ±1 の歩み X と、横の線から作る歩み Y を使うと、H = ⌈(X + Y)/2⌉ になる。この H の偶奇で塗った色は、幅優先の塗り分けと 400 枚の全部の目で一致し、同じ部屋の中で H が変わる所もなかった。カードの藍の濃淡は、この H をそのまま濃さにしたものである。
輪の長さは 8 で割ると 4 余る
見立ての 2 つ目は、糸はどの点でも曲がるので輪の長さは 4 の倍数、さらに Defant と Kravitz の定理として「8 で割ると 4 余る」と覚えている、だった。開いてみると定理 1.2 がそのとおりだった。定理 1.3 は面積が 4 で割って 1 余ること、定理 1.1(Pete の結果として引かれたもの)は輪の幅と高さが奇数であることを述べていた。乱数の盤の 59,472 個の輪は、長さがすべて 8 で割って 4 余り、面積はすべて 4 で割って 1 余り、幅と高さはすべて奇数だった。見立ては当たりである。
形の数でも確かめた。Pete は、輪の形(平行移動を除く)と、高さの等しい 2 本の Dyck 路の組が 1 対 1 に対応することを示している。幅と高さの和が 16 までの盤で全部のラベル(最大 2¹⁸ 通り)を試し、外枠いっぱいに広がる輪を数えた。幅か高さが偶数の 84 組では輪は 1 つもできず、奇数どうしの 36 組では、数えた形の数と Dyck 路の組の数が 0 の組も含めてすべて一致した。7 × 9 の輪は 27 通りある。
硬貨投げで縫うと、1 目あたり 0.0725 個の輪
Defant と Kravitz は、線のラベルを硬貨投げで決めた m × n の盤について、輪の数の期待値を輪の形ごとの足し算(式 (2))で書いた。盤を広げると 1 目あたり (π² − 9)/12 = 0.07247 個に近づく(定理 1.6)。形の数を Pete の対応で入れると、式 (2) は Dyck 路の高さごとの掛け算に分かれる。2 × 2 から 7 × 7 までの 8 つの盤では、全部のラベルの平均と式 (2) が小数第 6 位まで一致した。1024 × 1024 の盤 24 枚の平均は 0.07233 ± 0.00048 で、式 (2) の 0.07234 と合う。
はじめ乱数に線形合同法(2³¹ で割るもの)を使ったところ、16 × 16 の盤 10 万枚の平均が式 (2) より 2.1σ 多く出た。乱数を mulberry32 に替えると −0.9σ に収まったので、数値はすべて mulberry32 で出し直した。
大きい輪はゆっくりしか減らない
見立ての 6 つ目は、硬貨投げの盤では閉じた輪の個数が長さのべき(−2 前後)で減り、盤を広げると最大の輪は長くなるが、輪の平均の長さは盤の大きさによらずほぼ決まる、だった。4096 × 4096 の盤 8 枚では、長さ ℓ の輪の数は ℓ^−2.19 で減り、ここは当たりだった。平均の長さは、盤が 1024・2048・4096 と広がるにつれて 9.63・10.23・10.52 と伸びたので、外れである。どの点も有限の輪に乗る(Pete の論文の定理 1.1)ので、無限の盤での平均は 1 目あたりの輪の数の逆数 1/0.07247 = 13.80 になるはずである(この式は自分で出した)。盤を 4 倍にしても、まだ 3 ほど届かない。
Pete は、ある点を通る輪の直径が n を超える確率が n^−γ、直径 n の輪の長さが n^δ で振る舞うことを示した。指数は γ = (5 − √17)/4 = 0.219、δ = (√17 + 1)/4 = 1.281 である。論文の題にある 17 の平方根はここから来る。盤の真ん中の半分の点だけを使って当てはめると、γ は 0.206〜0.216、δ は 1.240〜1.258 で、どちらも理論の値より少し小さかった。当てはめは直径 8〜256 目の範囲で、盤を 1024 目から 4096 目に広げても値はほとんど動かなかった。理論の値に届かない理由は確かめていない。
周期は 2 の倍数にのび、回文は幅が奇数のときだけ鏡になる
見立ての 3 つ目は、列を周期 p でくり返すと模様の周期は lcm(p, 2) になり、2 色の塗り分けの周期はさらに 2 倍になることがある、だった。長さ 1〜6 の列 126 本を縦に、3 本の列を横に使った 378 通りで盤を作り、横にずらして重なる最小のずれを測った。縫い目の周期はすべて lcm(p, 2) だった。塗り分けの周期が 2 倍になったのは 132 通りで、どれも 1 周期のあいだに歩み X が 2 の奇数倍だけ進む列だった(H が 1 周期で奇数だけ変わり、色が入れ替わる)。見立ては当たりである。
見立ての 4 つ目は、全部 0 の列では 1 目四方の輪が並び、0 と 1 の交互では輪が閉じず斜めの階段になる、だった。60 × 60 の盤で、全部 0 は長さ 4 の輪 900 個だけ、交互は輪 0 個で 60 本の道がすべて斜めに走った。当たりである。論文の口刺しと段つなぎにあたる。
見立ての 5 つ目は、縦の列を回文にすると左右の鏡映になるが、盤の幅の偶奇で分かれる、だった。幅 1〜14 目の縦の列を全部(32,766 本)試すと、鏡映で重なったのは、回文で幅(目の数)が奇数の 254 本だけだった。回文でも幅が偶数なら横の縫い目が 1 目ずれて、508 本すべて重ならない。縦と横に同じ列を使うと、200 枚すべてが対角線で折って重なった。当たりである。
伝統の柄と論文の表
Seaton と Hayes の表 1 は、伝統の柄に出る最大の輪の長さ・面積・高さ・幅を載せている。論文に書かれた語を、論文の読み方(1 が表、線 0 から読む)で 120 × 120 目の盤に並べた。口刺し 4/1/1/1・十字刺し 12/5/3/3・柿の花刺し 20/13/5/5・三重柿の花刺し 36/41/9/9・その裏 28/25/7/7 の 5 つは表と一致した。十字・柿の花・三重柿の花は表と裏で最大の輪が変わる柄なので、読み方の向きもこれで確かめられる。
井桁刺しだけは、同じ読み方では 12/5/3/3 になり、表の 28/17/5/5 にならなかった。これは裏の柄の輪である。語を 1 目ずらして読み始めると 28/17/5/5 が出る。論文は、語は「くり返しの始まりと、布の縁に対する柄の置き方を除いて」一意と書いているので、井桁の語は置き方が 1 目ずれた形で載っていると読める。
ペル柿の雪片
Seaton と Hayes は、ペル数の漸化式にならって語 uₙ を作り、uₙ とその逆順をつないだ列で縫う柄を「ペル柿」と名づけた。次数 n のペル柿には、フィボナッチ雪片と呼ばれる輪が大小そろって現れ、周長は 4F₃ₙ₋₂、面積は奇数番のペル数になる、と論文にある。論文から取り出した本文では式 (3) の上線が落ちていたので、印字された u₁〜u₄ と合う形で作り直した。次数 1〜5 の柄に現れた輪は、周長 4・12・52・220・932、面積 1・5・29・169・985、幅 1・3・9・23・57 で、論文の式とすべて一致した。論文は幅を「縁の縫い目で数えて 2Pₙ」と書いていて、目の数では 2Pₙ − 1 になる。
フィボナッチ語で縫うと、輪の幅はフィボナッチ数の段に並ぶ
フィボナッチ語は、0 を 01 に、1 を 0 に置きかえるのをくり返して作る 0100101001001 と続く列である。見立ての 7 つ目は、縦と横にこの列を使うと、模様は周期を持たず、同じ形の輪が大小の段に入れ子になって並ぶ、だった。これは論文を離れて自分で試したものである。
3400 × 3400 目の盤の閉じた輪は、外枠がすべて正方形だった。幅(目の数)は 1・3・5・7・9・23・25・39・41・107・109・175・177・463・465・751・753・1973 の 18 種類だけだった。幅に 1 を足して 2 で割ると 1・2・3・4・5・12・13・20・21・54・55・88・89・232・233・376・377・987 になる。5 より上は、奇数のフィボナッチ数 F とその 1 つ手前 F − 1 の組だけで、偶数のフィボナッチ数 8・34・144・610 には輪ができない。987 の組の 986 は、この盤ではまだ出ていない。
大きい輪を幅で割って重ねると、幅がおよそ 4.3 倍違う輪どうし(175 と 751・753、463・465 と 1973)が 90〜93% 重なった。幅の半分で言えば 89 と 377、233 と 987 で、フィボナッチ数の番号が 3 つ進んだ組にあたる。番号が 3 つ進むとフィボナッチ数は黄金比の 3 乗(4.24 倍)になる。番号が 2 つしか違わない 89 と 233 の輪は 47〜51% しか重ならず、形が違う。入れ子で並ぶことは、帳簿の赤い輪(幅 41)の中に小さな輪が詰まっていることで見える。見立ては当たりだが、同じ形が出るのはすべての段ではなく、番号が 3 つ進むごとだった。1 目あたりの輪の数は、盤 1600 目で 0.0449 と、硬貨投げの 0.0725 より少ない。
機械で分かる範囲と、目でしか分からない範囲
機械で確かめたのは、輪の数え方と塗り分けがそれぞれ 2 通りで一致すること、長さ・面積・幅と高さの余り、輪の形の数と Dyck 路の組、期待値と式 (2) である。周期と鏡映、伝統の柄とペル柿の輪の大きさ、フィボナッチ語の輪の幅も機械で確かめた。
フィボナッチ語の輪の幅がなぜフィボナッチ数の段に並ぶのかは、証明していない。3400 目までの盤で見た事実である。刺し子の柄として布の上でどう見えるかは、カードと帳簿の見本の範囲でしか見ていない。
どう作ったか
生成器は generators/hitomezashi.js である。糸をたどる経路と union-find の経路、幅優先の塗り分けと高さ関数の塗り分けを 1 つのファイルに置いた。形の数は、w × h の盤の全部のラベルを試す数え上げと、高さの決まった Dyck 路の数を歩き方の数え上げで出して組にする式の 2 通りで出した。縫い目は線ごとの破線で描き、1 目ずつ描いた版と画素まで同じになることを確かめた。
確かめていないこと。一目刺しが江戸時代のどの地方で、いつから縫われていたかは、原典を開いていないので書いていない。井桁の語の置き方が論文の図でどうなっているかは、図を見ていない。Pete の指数は、盤をさらに広げたときに理論の値へ近づくかまでは確かめていない。
出典
- 定理
- C. Defant, N. Kravitz「Loops and regions in hitomezashi patterns」Discrete Mathematics 347(1), 113693(2024・arXiv:2201.03461)。規則の決め方、2 色の塗り分け、長さ ≡ 4 (mod 8)・面積 ≡ 1 (mod 4) の定理、期待値の式 (2) と (π² − 9)/12、裏の柄の定義を読んだ
- 高さ関数と指数
- G. Pete「Corner percolation on Z² and the square root of 17」Annals of Probability 36(5), 1711–1747(2008・arXiv:math/0507457)。同じ模様を corner percolation として扱い、高さ関数の式 (1.1)、無限の成分がないこと(定理 1.1)、指数 γ と δ(定理 1.2)を読んだ。輪と Dyck 路の対応は Defant・Kravitz の 3 節の紹介で読んだ
- 柄と語
- K. A. Seaton, C. Hayes「Mathematical specification of hitomezashi designs」Journal of Mathematics and the Arts 17(1–2), 156–177(2023・arXiv:2208.12580)。0 と 1 の書き方、裏の柄、伝統の柄の語と表 1、フィボナッチ雪片とペル柿を読んだ
- 数理
- 周期と塗り分けの周期、回文と盤の幅、フィボナッチ語の輪の幅、平均の長さ 1/c は、自分で組んで確かめた
- 親戚
- フィボナッチ・ワード・織りの数理・籠目・コーラム
- 生成
- generators/hitomezashi.js(hitomezashi.svg 表紙・hitomezashi-book.svg 帳簿)。数値は generators/data/hitomezashi/facts.json に書き出した