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織りの数理

布は経糸と緯糸のどちらが上かを決めた0と1の絵で、糸の上下の順番だけで丈夫さも光沢も決まる。飛び数の条件から、四枚繻子と六枚繻子は存在しない。

平織り・綾織り3/1・五枚繻子・八枚繻子の4種類を糸の重なりまで描いた織り図
同じ2色の糸を、上下の順番だけ変えて織った4種類。藍=経糸(たて)/生成り=緯糸(よこ)。糸が何本ぶん続けて表に出るか(=渡り)だけで、丈夫さも光沢も表の色も決まる

なにか

布は、経糸と緯糸の交点ごとに「どちらが上か」を決めただけのものである。つまり 0 と 1 の絵である。織物屋はこれを意匠図と呼び、繰り返しの一辺を「枚」、斜めのずれを「飛び数」と呼んで「五枚三飛び朱子(しゅす)」のように言う。この呼び名がそのまま数論の条件になっていて、しかも存在しない枚数がある。

身近な手がかり: ジーンズは 3/1 の綾織りで、藍に染めた経糸が表に 3/4 出る。だから表は藍で裏は白い。サテンのリボンは五枚繻子で、糸が 4本ぶん 続けて渡るので面で光を返す。ガーゼやシャツ地は平織りで、渡りが1本=交錯がいちばん多いので丈夫。

繻子になる飛び数、ならない飛び数

5枚の意匠図で飛び数を1から4まで変えた図。飛び数1と4は上点が斜めにつながり、2と3は離れている
五枚の繰り返しで飛び数を 1〜4 と変える。飛び数1・4(茜)は上点が斜めにつながる=綾織りになり、飛び数2・3(藍)はどの上点も触れない=繻子織り。触れないことが繻子の定義で、それが糸を長く渡らせて光沢を生む

上点(そこだけ相手の糸が上に出る点)を、行が1つ進むごとに k 列ずらして置く。すると条件は2つだけになる。①どの列も一度だけ使う=gcd(k, n) = 1(そうでないと同じ列に二度置いてしまう)。②上点が斜めにつながらない=k が 1 でも n−1 でもない(つながると斜線が出て綾織りになる)。

この2つを課すと、成立する飛び数の個数は φ(n) − 2 になる(φ はオイラー関数=n と互いに素な数の個数である)。n = 3〜60 まで数えて一致した。

繻子が存在しない枚数は {3, 4, 6} の3つだけである。四枚は互いに素な飛び数が 1 と 3 しかなく、どちらも「つながる方」になる。六枚も 1 と 5 しかない。だから 四枚と六枚は「正則の」繻子としては作れない(七枚以上はいつも成立する=φ(n) ≥ 4)。

⚠️ ここで「正則の」を落として「四枚繻子と六枚繻子は作れない」と書いていたのは誤りだった。飛び数をひとつに決めない変則繻子としては、どちらも名前を持つ実在の組織である。Watson の教科書(1921)は同じ節で「正則の繻子は 4 本と 6 本では組めない。4 とも 6 とも公約数を持たない数が取れないからである」と書いたすぐあとに、4 本のものを組織点の並び 1・2・4・3 で示して broken twill(broken swansdown)と呼び、6 本のものを 1・3・5・2・6・4 で示している。巻末の標準組織の一覧(p.374)にも「4-thread irregular warp sateen」「6-thread irregular warp sateen」が入る。ISO 9354(1989)の表 4 にも「6-end cross warp satin, steps 3, 4, 4, 3, 2」という名と符号がある。数の結論はそのままでよく、足りなかったのは「正則の」という限定だった。

「規格が五枚・七枚・八枚に集まっている」のほうは、教科書に当たると支えきれなかった。Watson の標準組織の一覧は 5・7・8 に 10 を加えて挙げ、ISO 9354 の表 4 は 5・6・7・8・9・10・11・12 を並べている。市場に出回る生地の枚数が偏っているかどうかは、ここで開いた資料では分からなかったので、この一文は落とした。

飛び数 k と n−k は左右を裏返すと重なるので、実質の種類は (φ(n) − 2)/2 になる。五枚は1種類、七枚は2種類、八枚は1種類になる。(ここまでが計算で確かめたこと。「n 枚 k 飛び」という呼び分けは実在した。1904 年の『新撰工業要項問答』は「繻子は斜紋と異なりて何飛何枚の繻子と云ふ」と規則そのものを書き、図に「三飛の五枚繻子」「二飛の五枚繻子」と添える。語順は一定ではなく、1936 年の『丹後縮緬作業読本』は「五枚三飛緯繻子」と並べる。英語は ISO 3572 が step number / move number と定め、ISO 9354 は「5-end warp satin, step 2」の形で符号を振る。ただし JIS L 0206 と戦後の学会誌はこの複合語を採らず、「飛び数」を独立した量として扱う)

2つの独立な道が一致するのがこの作品の骨で、①絵を見て「上点が8近傍のどこにも触れないか」を数える幾何の道と、②gcd(k,n)=1 かつ k≠1,n−1 という算術の道が、n=3〜14 の全飛び数で例外ゼロで一致した。

その絵は、ほんとうに布になるのか

二重織りをそのまま織った図と、持ち上がる糸の組だけ・残った糸の組だけに分けた図の3枚
意匠図としては立派なのに布にならない例。二重織りは、糸を2組に分けると組のあいだの交点でいつも片方が上。だからそのまま2枚の平織りに分かれてしまう。糸を織り込んだ絵と、布であることは別の話

0 と 1 の絵なら何でも布になるわけではない。極端な例は「経糸が全部上」=糸をただ重ねただけになる。ここでは崩れないことを次のように定義して総当たりした: 糸をふたつの組 U と D に分けて(周期ごと・どちらも空でない)、U と D が交わるすべての交点で U 側が上なら、U はまるごと持ち上がる=崩れる。どんな分け方でも持ち上がらないとき「崩れない」。

数えてみると布は意外に少ない。2×2 の絵は16通りのうち2通りしかない(市松=平織りの2つの位相)。3×3 は512通りのうち102通りだった。4×4 は65536通りのうち22730通りで、34.7% にあたる。いっぽう、上点が各行各列にちょうど1つの絵は、n = 2〜6 の全872通りがすべて布になった(例外ゼロ)。繻子と綾の枠組みは、崩れる心配をしなくていい枠組みだったことになる(確かめたのは n = 6 まで。一般の n の証明はしていない)。

この棚の隣にあるもの。同じ「剰余ずらし」を使う棚

成立する飛び数の集合 {k : gcd(k, n) = 1} は、このギャラリーでもう一度出てきている。Modulo Krinkle の非周期タイリングで、成立する順列が {jm mod k} に完全一致し、gcd = 1 かどうかが「非周期になるか、周期に退化するか」の分水嶺になった。組紐の糸の本数も gcd で決まる。布の規格と非周期タイリングと組紐が、同じ剰余の条件で動いている。見取り図の発見19 にまとめてある。

どう作ったか

意匠図は 0/1 の行列で書ける。絵は「上に出ている区間を1本のリボンにまとめる」描き方にした。まとめる区間そのものが渡りなので、繻子の光沢が絵に出る。崩れないかの判定は 2^(経+緯)通りの分け方をぜんぶ試す総当たり(n=4 の全絵の census はビット演算に畳んで 0.2 秒)。飛び数が成立する条件は、幾何の側(上点が置換になるか)と算術の側(gcd と φ)の 2 通りで数えて突き合わせた。崩れないかどうかは、n=4 の全部の絵を census にして 3 通りの数え方で確かめている。

→ Modulo Krinkle(同じ「gcd = 1」が非周期タイリングの分水嶺になる)

→ Spectre 織り(非周期タイルの縁を噛み合わせて布地にした意匠化第1号)

→ 非周期のケルト装飾(糸を1本の輪として追う=織りの反対側から見た話)

出典

数理
B. Grünbaum & G. C. Shephard, "Satins and Twills: An Introduction to the Geometry of Fabrics", Mathematics Magazine 53 (1980) 139–161。「布が崩れないか(hanging together)」の問いは同論文と C. R. J. Clapham, "When a fabric hangs together", Bull. London Math. Soc. 12 (1980) 161–164 に由来する。ここでは概念だけを借り、判定は上に書いた自前の定義で総当たりしている(両論文の本文は有料で開けなかった。書誌だけ確かめた)。数学の側で「位数 3・4・6 の satin は無い」と書いているのは Thomas の論文(arXiv:2406.07810, p.14)で、出どころとして挙げているのは 1980 年の論文ではなく Grünbaum–Shephard の目録(1985)である。⚠️ 数学のいう satin は飛び数がひとつに決まる組織だけを指すので、「satin が無い」と「四枚繻子という織物が無い」は別の話になる/組織の呼び名と飛び数は W. Watson, Textile Design and Colour(1921)の pp.17–19 と p.374、ISO 3572:1976 の §2.18、ISO 9354:1989 の §4.5 と表 4 で確かめた
生成
generators/satin.js(意匠図・綾・繻子・二重織りの生成、上点の接触判定、渡りと表面率、崩れない判定の総当たり、census のビット演算、織り図3枚。依存ゼロ・乱数ゼロ)