フィボナッチの縞を這う水の指
傾けた板を流れ下る膜の前線は、同じ間隔の指に分かれる。その板に、流れにくい溝を長い区画と短い区画のフィボナッチの順に引いた。短い区画だけを指の立てない狭さにすると、指は長い区画にだけ立ち、指どうしの間隔を長短で読んだ並びが、床のフィボナッチの並びに戻った。
なにか
床を這う水の指では、傾けた板を流れ下る薄い膜の式を解き、前線が同じ間隔の指に分かれるのを見た。いちばん速く育つ揺れの間隔は λ*=12.84、それより短いと揺れが育たなくなる間隔は λc=8.31 だった(長さの単位は親の作品と同じ)。
Kondic と Diez は 2002 年の論文で、同じ形の式に、床の模様を足して計算した。膜の先を濡らす前駆膜の厚さ b を場所ごとに薄くして、流れにくい溝を表す(p.2)。流れに沿った溝を間隔 d で並べると、d=10 では指が溝のあいだに 1 本ずつ並び、λ* より狭い間隔に指を詰められた(図 1)。d=8 まではそれが続き、d=7 では指が溝に従わなくなり、d=6 では前線が平らなままだった(図 2)。論文は、指を詰められる限界をおよそ λc とまとめている(p.4)。
ここでは、溝の間隔を 1 つに決めず、長い区画 L と短い区画 S をフィボナッチ・ワードの順に並べた。L の幅は S の φ 倍(φ=1.618)で、並びは L→LS・S→L の置き換えを繰り返してできる語で、頭は LSLLSLSLLSLL と続く。指の立つ場所が、この床の並びをどう写すかを見た。
床の作り方
板は幅 100〜111、流れの向きに 102.4 で、刻みは 0.2 である。前線は x=7 から出し、溝は x=10 から始め、溝の実効の幅は 3.5 にした。ここまでは原典の図 1 と同じである。溝の縁は原典の形(p.2・wt=4)でなめらかに戻した。前駆膜の厚さは原典の 0.01 でなく親の作品と同じ 0.1 にし、溝の所ではその半分の 0.05 まで薄くした。溝をどこまで薄くするかは、原典の本文と図の注に値が書かれていなかった。
流れの向きと横の向きを、板に固定した座標で解いた。横の両端は鏡にした。フィボナッチの床は、区画の幅の合計を刻みの倍数にそろえるため、全体を 0.9994〜1.0009 倍した。前線の先が下の端から 8 の所まで来たら止める。
周期の縞で原典をなぞる
まず溝の間隔 d を 1 つに決めて流した。t=70 の指の長さ(先端と付け根の差)は、d=10 で 13.63 と伸び続け、指 11 本の先はすべて溝のあいだの中央に立った。d=8 では長さ 6 前後で形が止まったが、14 本がやはり溝のあいだの中央に並んだ。d=7 では長さ 1.29 のさざ波しか出ず、d=6 では 0.42 で前線は平らだった。模様のない板では、t=70 で 8.88 だった。
指が溝に従う境は d=7 と 8 のあいだ、つまり λc=8.31 の 0.84〜0.96 倍にあり、原典の「およそ λc」と合う。原典の d=7 で出た不ぞろいな指は、論文によれば左右の端で縞の周期が崩れたことから来る(p.2)。ここでは幅を d の倍数にしたので、それは出なかった。
フィボナッチの縞
A は S=10・L=16.18 で、どちらも λc より広い。並び LSLLSLSL の 8 区画すべてに指が 1 本ずつ立ち、指の先は区画の中央から 0.11 以内にあった。指の並びは床の並びそのものになる。
B は S=6・L=9.71 で、S だけが λc より狭い。並び LSLLSLSLLSLL の 12 区画のうち、指は L の 8 区画にだけ立ち、S の 4 区画には 1 本も立たなかった。隣り合う指の間隔は 15.0・10.6・15.2・15.2・10.6・14.8・10.2 で、長いものを L、短いものを S と読むと LSLLSLS になる。これは床の並びの頭 7 文字と同じである。前線を乱数で少し揺らしてから流しても、間隔は 0.2 しか動かず、同じ読みになった。
理由は並びの作り方にある。L の次が S なら、その L の指と次の L の指のあいだには S が挟まって間隔が長くなり、L の次が L なら短くなる。床を「L から次の L の手前まで」で切ると、切れ端は LS と L の 2 種類しかない。Durand は 1998 年の論文で、語をこのような切れ端(return word)で切り直し、切れ端に番号を振った列を derived sequence と呼んだ(§2.3)。B の指の間隔の並びは、床の語の L についての derived sequence にあたる。命題 19 は、置き換えの固定点の derived sequence が、ある置き換えの固定点になることを、置き換えを切れ端に当てて示している。そのやり方で L→LS・S→L を当てると、LS は LSL=LS と L に、L は LS に移り、できる置き換えは元と同じ L→LS・S→L になった。だから指の間隔の並びは、どこまで伸ばしても床の語に戻る。長さ 1000 の語で切り直すと、617 文字の derived sequence は元の語の頭と 1 文字も違わなかった。この「戻る」ことは自分で確かめた。論文の中にフィボナッチの語の例は、PDF の文字を Fibonacci で探した範囲では見つからなかった。
ただし間隔の長短の比は φ にならなかった。指が区画の中央に立つなら、長い間隔は L+S=15.71、短い間隔は L=9.71 で、比は φ である。実際の長い間隔は 14.8〜15.2 と縮み、短い間隔は 10.2〜10.6 と伸び、平均の比は 1.44 だった。指の先は区画の中央から −0.45〜+0.55 ずれ、L が 2 つ続く所では、隣どうしが離れる向きにずれた。なぜ 1.44 になるかは、まだ測っていない。
S を 8 にした床(L=12.94)では、9 区画すべてに指が立った。8 は λc より少し狭いが、周期の縞でも d=8 は指が従った幅である。
2 次元の床では写らなかった
溝を流れの向きにそろえず、平面に模様を描いた床も流した。ペンローズの菱形(辺の長さ 16)の辺に溝を掘った床を 2 つの向きで、細い菱形の中だけを流れにくくした床を 1 つ、比べる相手に乱数の点のボロノイの境に溝を掘った床を 2 つ用意した。ボロノイの区画の広さは、溝の面積の割合が辺の溝の床に近くなるように決めた。溝の始まりより下流で溝が占める割合は、辺の溝で 0.463・0.475、ボロノイで 0.429・0.449、細い菱形で 0.356 である。
どの床でも指は早く立った。t=20 の指の長さは 2.81〜3.56 で、模様のない板の 0.24 よりずっと長い。指の先は溝を避け、溝の上に先があったのは 7〜9 本のうち 1〜3 本と、溝の割合より少なかった。ところが指の間隔のばらつき(標準偏差÷平均)は、ペンローズの 3 つの床で 0.130〜0.154、ボロノイで 0.168・0.187、模様のない板で 0.116 だった。指が 7〜9 本しかない計算なので、この差は数え方の揺れに収まる。ペンローズの床の非周期の並びが指の並びに写った形跡は、この大きさでは見えなかった。床の並びが指に写ったのは、溝が流れの向きにそろった 1 次元の縞のときだけだった。
見立て
計算を始める前に、見立てを 4 つ決めた。
1 つ目は、周期の縞で d=10・8 では指が縞に従い、d=6〜7 では従わず、境は λc の近くにある、だった。当たった。2 つ目は、フィボナッチの縞で長短の区画がどちらも λc より広ければ、指は区画ごとに 1 本並び、指の並びは床の語になる、だった。A で当たった。
3 つ目は、短い区画だけが λc より狭いと、指は長い区画にだけ並び、その並びは別の非周期の語になる、だった。指が長い区画にだけ並ぶ所は当たった。「別の語」と見込んだ並びは、床の語そのものだった。4 つ目は、ペンローズの床で指の間隔のばらつきが模様のない板より小さくなる、だった。ばらつきはむしろ大きく、外れた。
どう作ったか
生成器は generators/incline-fib.js である。式と解き方は床を這う水の指の 2 次元の計算をそのまま使い、前駆膜の厚さを場所ごとに変えられるようにした。模様を指定しなければ計算は親の作品と同じで、変える前と後で小さな板の出力が 1 文字も変わらないことを確かめた。原典の式 (2) は鉛直な板の式で、親の作品の重力の項 D を 0 にしたものと同じ形である。
A と B は時刻 1 ごとに前線を書き出し、膜の厚さを刻み 0.4 で残した。前線の位置は、時刻 2 ごとに書き出した探索の計算と、共通の時刻すべてで一致した。指の先は、最後の前線の極大の位置として数えた。区画の中央から 1.5 以内に指の先があれば、その区画に指が立ったとした。
表紙の絵は、B の t=75 の膜の全幅を正方形に収め、厚さの段ごとに等高線で塗り分けたものである。
確かめていないこと。間隔の長短の比が 1.44 になる理由は測っていない。区画の幅を変えたときに比がどう動くかも見ていない。2 次元の床の計算は 1 つの床につき 1 回で、指は 7〜9 本しかない。板を広げたり、乱数を変えて何回も流したりすれば、ペンローズの床とボロノイの床の差が見えてくるかは分からない。後ろの膜の厚さは 1 に固定したままで、実験のように膜が薄くなる流れは入っていない。原典の図は載せず、図はすべて自分の計算で描いた。
出典
- 模様のある床の膜
- L. Kondic・J. Diez「Flow of thin films on patterned surfaces: Controlling the instability」Phys. Rev. E 65:045301(R)(2002)。著者の勤め先のサイトの PDF を 2026 年 10 月 30 日に 4 ページとも読み、31 日に開き直した。p.1 の λ*≈14・λc≈8、式 (2)、p.2 の b(y) の形と wt=4、図 1(d=10・x=7 から出す・溝は x=10 から・幅 3.5・b0=0.01)、図 2 と p.2〜3 の d=8・7・6、p.4 のまとめ(指を詰められる限界はおよそ λc)
- return word と derived sequence
- F. Durand「A characterization of substitutive sequences using return words」Discrete Mathematics 179(1998)89〜101。arXiv:0807.3322 の PDF を 2026 年 10 月 31 日に開いた。§2.3 の定義(p.4)と命題 19(p.11〜12)。フィボナッチの語の derived sequence が元の語に戻ることは、命題 19 のやり方を当てはめて自分で確かめた
- 数理
- 膜の式の解き方は床を這う水の指(Kondic 2003)の計算をそのまま使った。床の模様の置き方、指の数え方、間隔の読み方は自分で組んだ
- 親戚
- 床を這う水の指・フィボナッチ・ワード・ペンローズの菱形・ボロノイ
- 生成
- generators/incline-fib.js(incline-fib.svg 表紙・incline-fib-book.svg 帳簿)。数値は generators/data/incline-fib/facts.json、絵の膜は field.json に書き出した