マヤ暦の噛み合い
二つの周期が噛み合って作る状態の数は最小公倍数で決まり、決して来ない組み合わせは最大公約数で決まる。260 と 365 は 5 を分け合うので、日付の 5 分の 4 は永遠に来ない。一周の 52 年をそのまま線で描くと、結び目になる。
なにか
マヤの暦は二つの周期を同時に回す(出典は末尾)。260 日のツォルキンは 13 の数と 20 の日の名を同時に進めるもので、1 の次は 2、名は次の名へ移り、13 と 20 が互いに素だから 260 日で全部の組を一度ずつ通る。365 日のハアブは 20 日の月が 18 か月と、余りの 5 日である。ある日の日付はツォルキンとハアブの組で言い、同じ組に戻るのは 18,980 日後、52 ハアブであり 73 ツォルキンである。これがカレンダー・ラウンドと呼ばれる 52 年の周期になる。
ここで見るのは暦の中身ではなく、「周期を二つ噛み合わせる」という仕組みだけである。周期 a の歯車と周期 b の歯車を同時に回すと、状態はいくつ現れ、どの組み合わせが決して現れないか。それを格子に描くと何が見えるか。答えはどれも最大公約数 g = gcd(a, b) の言い換えで、マヤの 260 と 365 は g = 5 の場合にあたる。
来ない組み合わせは最大公約数で決まる
時刻 t の状態を (t mod a, t mod b) と書く。これは a×b のトーラス(縦横がつながった格子)の上を、毎日 1 つ右・1 つ下へ斜めに進む点である。最初の状態に戻るのは a と b の両方で割り切れる最初の t、つまり lcm(a, b) 日後で、それまでに踏むセルの数も lcm(a, b) 個。a·b 個のセルのうち来るのは 1/g だけで、来るセルは x − y ≡ 0 (mod g) の対角線の上に限られる。260 と 365 では 94,900 組のうち 18,980 組だけが来て、80% の組み合わせは暦に一度も現れない。トーラスに描くと、来るセルは g 本に 1 本の対角線をなす。帯の本数がそのまま最大公約数である。互いに素なら帯は 1 本おき、つまり全部のセルが埋まる(13 と 20 の歯車)。
逆に言えば、マヤの暦は片方の噛み合わせを互いに素に、もう片方を共通因数 5 で作った。260 日の中で同じ日付は二度来ないが、260 日と 365 日の組み合わせは 5 つに 1 つしか使わない。使わない 4/5 は無駄ではなく、周期を 18,980 日に留めた分である。もし 260 と 365 が互いに素なら一周は 94,900 日、260 年になっていた。
52 年の正体は「年の担い手」
ハアブの初日に来るツォルキンの日付を並べると、52 年の周期が別の顔を見せる。365 = 18×20 + 5 だから、翌年の初日の名は 20 の環を 5 つ先へ進んだところに来る。5 で進んで戻るまでは 20/gcd(365, 20) = 4 歩、初日に来る名は 20 のうち 4 つだけである(どの 4 つかは時代で変わり、後古典期のユカタンでは K'an・Muluk・Ix・Kawak。古典期については、Stuart 2004 は Ik'・Manik'・Eb'・Kab'an とし、Thompson 1950 は Ak'bal・Lamat・Ben・Etz'nab と考えていた)。数のほうは 365 ≡ 1 (mod 13) で毎年 1 つ進むので 13 すべてを回る。初日の日付は 4×13 = 52 通り、これは lcm(4, 13) = 52 でもあり、18,980/365 = 52 でもある。初日の日付が年を決めるので、初日の日付が一巡するまでが暦の一周であり、それが 52 年になる。
暦は結び目である
トーラスの上で閉じた軌道は、ハアブの方向に 52 周、ツォルキンの方向に 73 周する。二つの巻き数 (52, 73) は互いに素なので、軌道は枝分かれのない 1 本の閉曲線で、これはトーラス結び目 T(52, 73) である(周期 260 と 365 の共通因数 5 を落とした数が巻き数になる)。カードの図はそれを平面に写したもので、ハアブを角に、ツォルキンを径のうねりに取り、r = R₀ + A cos(2πt/260)、φ = 2πt/365 で 18,980 日ぶんの点を 1 日 1 つ打って結んだ。
この線は自分と何回交わるか。数えると 3,723 回で、これは 73 × 51 に等しい。トーラス結び目 T(q, p) の交差数は min(p(q−1), q(p−1))(Murasugi 1991)で、(52, 73) なら 73 × 51 = 3,723。つまりこの描き方は交差数が最小の図式になっている。同じ描き方を小さな歯車でやると、周期 2 と 3 は交差 3 の三葉結び目、2 と 5 は交差 5、3 と 5 は 10、3 と 7 は 14、4 と 7 は 21、5 と 8 は 32 で、どれも p(q−1) に一致した(p は径のうねりの回数、q は周回数、p > q)。
数える側の罠が 1 つあった。この線は横軸について対称なので、対称軸の上の交差は必ず 2 本の線分の共有する頂点の真上で起き、外積が丸めで ±10⁻¹⁷ に揺れる。積の符号で判定すると 3,721 や 3,722 になり、刻みを細かくしても直らない。「0 は負の側に寄せる」半開の規則にして、頂点を共有する 2 線分のどちらか一方でちょうど 1 回数えるようにすると、刻みによらず 3,723 で止まった。式と数え上げが 1 だけ食い違うときは、対称軸の上を疑う。
どう作ったか
生成器は generators/maya-round.js で、二つの歯車の軌道と訪れた組の集合、ハアブの初日に来る日付、ロゼット(r = R₀ + A cos(2πt/a)、φ = 2πt/b)の点列、折れ線の自己交差の数え上げを順に書いた。自己交差は格子で候補を絞ってから、半開の規則で判定している。刻みを 1 日と 2 日に変えても交差の数が 3,723 のまま動かないことを確かめた。カードは 18,980 日の線分を、月の偶奇と余りの 5 日で塗り分けたものである。
出典
- 史実
- ツォルキン 13×20 = 260 日とハアブ 18 か月×20 日 + 5 日 = 365 日は M. Pitts, Writing in Maya Glyphs Book 2(FAMSI 2009)の pp.48・59、カレンダー・ラウンドの 18,980 日(52×365)は J. E. S. Thompson, Maya Hieroglyphic Writing: Introduction(1950)の p.124 で読んだ。年の担い手は D. Stuart, "New Year Records in Classic Maya Inscriptions", PARI Journal 5(2) (2004) の p.1(後古典期のユカタンは K'an・Muluk・Ix・Kawak)と p.4(古典期は Ik'・Manik・Eb・Kaban を示す例が増える)。Stuart 自身が p.2〜3 で、これが通説からの移し替えの提案だと書いている。Thompson 1950 の p.128 は古典期の担い手を Akbal・Lamat・Ben・Etz'nab と推定していた
- 数理
- lcm と gcd の初等的な関係。トーラス結び目 T(q, p) の交差数が min(p(q−1), q(p−1)) であること(K. Murasugi, Trans. AMS 326 (1991) 237–260。原論文はブラウザ確認で止まり開けていない。式は Brennan ほか arXiv:math/0410565 の §7 に、Murasugi 1991 からの帰属は Jabłonowski arXiv:2003.12851 の §4 にあるのを確かめた)。ここで確かめたのは、軌道の数え上げと式の一致、ロゼットの自己交差の数え上げと式の一致だけ
- 身近
- 歯車の歯数を互いに素にして同じ歯どうしの噛み合いを散らす設計・スピログラフ・二つの周期のうなり
- 親戚
- ユークリッドリズム・リサジュー図形・ミトラの階段雷文・結ばれた輪・コーラム
- 生成
- generators/maya-round.js(maya-round.svg 一周の結び目・maya-round-book.svg 歯車と帯と年の担い手の帳簿)