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オオウチ錯視と引き伸ばした市松

市松の正方形を横長の長方形に引き伸ばし、円の中だけ縦長にした。画面や紙を小さく揺らすと、円が浮いて滑って見える。動きの推定が勾配のノイズで縮むという模型で計算すると、正方形のままの市松では内と外の見積もりの差がちょうど 0 になった。差の大きさは揺らす向きによらず、差の向きは揺れを長方形の辺で折り返した向きになる。

紺と生成りの横長の長方形が市松に並ぶ地の中央に、縦長の長方形の市松で埋めた円が置かれている
外は横 64・縦 16 の長方形、円の中は同じ長方形を 90° 回して並べた。絵は止まっていて、アニメーションは入れていない。

なにか

長方形の市松を 2 枚、向きを直交させて重ねた模様で、止まった絵なのに、目の小さな動きや紙の揺れで円の部分が地から浮いて動いて見える。作者は大内朔(おおうち はじめ)である。図形は 1977 年に Dover から出た作品集 Japanese Optical and Geometrical Art に載った(北岡明佳の錯視のページ「オオウチ錯視」の文献欄による)。Fermüller・Pless・Aloimonos(2000)は、この錯視を動きの推定の統計的な偏りで説明した。

和柄の市松は正方形を交互に塗る。オオウチ図形はその正方形を 4 倍ほどの長さに伸ばしたもので、伸ばさなければ円の内と外は同じ模様になり、錯視は起きない。ここでは伸ばす比を 1 から 16 まで振り、Fermüller らの模型の中で内と外の見積もりがどれだけずれるかを数で出した。

模型

絵が速度 u0 で動くと、各点の明るさの変化は Ix u + Iy v + It = 0 を満たす。1 点ではこの式の 1 本しか得られず、縞に沿った動きは測れない(窓の問題)。そこで小さな窓の中で速度を一定と置き、窓の中の全部の点の式を最小二乗で解く。Fermüller らは、空間の勾配 Ix・Iy の測り方にノイズが乗ると、この解が偏ることを示した。勾配の数が少ない向きの動きほど、短く見積もられる。

測る点が多い極限では、見積もりは S u0、S = (M + Nσ²I)⁻¹M になる。M は窓の中の勾配の 2 次の和、N は点の数、σ² はノイズの分散である。長方形の市松では、横長の長方形の長い辺が横向きの勾配の少なさを生み、S は横と縦で縮み方の違う対角の行列になる。縦の辺は短いので、横の動き(長い辺に沿った動き)は数の少ない勾配でしか測れない。

数値は、目のぼけを幅 1 のガウス、長方形の短い辺を 4、勾配のノイズの分散を 0.02 と置いて計算した。どれも自分で選んだ値である。

正方形なら差は 0、伸ばすほど開く

縦横比 1・2・4・8 のオオウチ図形 4 枚、縦横比と差のグラフ、揺らす向きと差の向きの矢印、3 つの経路の数値の表
上から、縦横比を変えた模様と内外の差、差のグラフ、揺らす向きと差の向き、3 つの経路の表を並べた。

長い辺に沿った動きの縮み s_長 と、長い辺を横切る動きの縮み s_短 の差を D と置く。縦横比 1 の市松では s_長 = s_短 = 0.5979 で、D はちょうど 0 になった。90° 回しても同じ模様なので、内と外が同じだけ縮む。縦横比 2 で D = 0.2736、4 で 0.4663、8 で 0.5977、16 で 0.6782 と増え続けた。長くするほど s_長 は 0 に近づき(縦横比 16 で 0.0880)、D は s_短 の 0.7726 に頭打ちになる。

見立ては「差は縦横比 r に対して r − 1/r の形で育つ」だった。これは長方形の面積を固定し、ぼけを無視したときの 1 次の近似で、短い辺を固定すると形が変わる。比べる条件で式が変わるので、この形は主張しない。言えるのは、この模型では縦横比 1 で差が消え、伸ばすほど単調に開くことまでである。

差の大きさは揺らす向きによらない

外の見積もり S_外 は対角に s_長・s_短 を並べた行列、内の S_内 は s_短・s_長 を並べた行列で、差は S_内 − S_外 = D·diag(1, −1) になる。跡が 0 の対称行列は鏡映の定数倍なので、どの向きに揺らしても差の大きさは D|u0| で、向きは揺れを外の長方形の長い辺の向きで折り返した向きになる。15° ごとの 12 の向きで、差の大きさはすべて 0.4663 だった(縦横比 4)。横か縦に揺らすと差は揺れと同じ線の上に出て、45° に揺らすと −45° に出る。斜めに揺らしたときだけ、円は揺れと直角に滑る見積もりになる。

内の長方形を 90° でなく φ だけ回した模様では、差は D·|sin φ| になった。φ = 30° で 0.2332、60° で 0.4038 で、どの向きに揺らしても同じ値だった。オオウチ図形の 90° は、この模型の中では差がいちばん大きくなる角度である。

→ 和柄の対称群(市松)

→ 周辺ドリフトと扇の弧(止まった絵が動いて見える、別の錯視)

→ カフェウォール錯視(長方形の並びで線が傾いて見える)

3 つの経路

S を 3 つのやり方で出して突き合わせた。1 つ目は、長い窓では M が横と縦の 1 次元の平均の積に分かれることを使う方法、2 つ目は、ガウスの窓の中で 2 次元に積む方法である。縦横比 1・2・4 で、2 つの M は 6×10⁻⁸ 以内で一致した。3 つ目は、勾配と時間の変化に実際にノイズを乗せ、重みつき最小二乗を 120 回解いて平均する方法である。窓の大きさ 8・縦横比 4 の外と内、揺れ 0°・45°・90° の 6 通りで、S から出した見積もりと 0.003 以内で一致した。

機械で分かる範囲と、目でしか分からない範囲

機械で確かめたのは、置いた模型の中での見積もりの縮み方、縦横比 1 で差が 0 になること、差が向きによらず鏡像の向きに出ること、3 つの経路の一致である。絵がアニメーションを含まない静止画であることも調べた。

円が本当に滑って見えるか、どの向きに滑って見えるかは、人の目でしか分からない。Fermüller らは、見積もりの偏りに加えて、内と外を別の動きとして切り分ける段があると置いている。その段はここでは計算していない。画面の大きさや見る距離で、長方形の大きさと目のぼけの比は変わる。

どう作ったか

生成器は generators/ouchi.js で、市松を横と縦の矩形波の積として書き、それぞれをガウスでぼかした式から勾配を出した。1 次元の平均は 1 周期を 4,000 点で積み、2 次元の窓は刻み 0.5 で幅 4σ まで積んだ。モンテカルロは自前の乱数で、種を固定している。模様の絵は SVG の繰り返し模様で描き、長方形の大きさは作品集の図から写さず、横 64・縦 16 と自分で決めた。

確かめていないこと。人の目で動いて見えるか、滑る向きが見積もりの差と合うかは確かめていない。目のぼけの幅、勾配のノイズの大きさ、窓の大きさは自分で置いた値で、生理の測定値とは比べていない。Fermüller らの式 (9) にある、空間と時間のノイズの相関の項は入れていない。1977 年の作品集そのものは開いていない。

出典

数理
C. Fermüller, R. Pless, Y. Aloimonos, "The Ouchi illusion as an artifact of biased flow estimation", Vision Research 40 (2000) 77–96。光の流れの拘束(p.79 式 (1))、窓の中の最小二乗(p.79 式 (6)(7))、勾配のノイズによる偏りとその向き(p.83 式 (9) と本文)、内と外で偏りが違うことが錯視の原因とする説明(p.83–85)、H. Ouchi が 1977 年に見つけた錯視という紹介(p.79)を、著者の置いた PDF で読んだ。S = (M + Nσ²I)⁻¹M、差が鏡映になること、D·|sin φ| は自分で導き、数値で確かめた
作者と図形
北岡明佳「オオウチ錯視」(立命館大学・北岡明佳の錯視のページ)で、作者名の表記(大内朔・おおうち はじめ)と文献 H. Ouchi, Japanese Optical and Geometrical Art (Dover, 1977) を確かめた
親戚
和柄の対称群・周辺ドリフトと扇の弧・カフェウォール錯視・モアレ
生成
generators/ouchi.js(ouchi.svg オオウチ図形・ouchi-book.svg 帳簿)。探索の記録は tools/explore/ouchi.js