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インドラの網

互いに接する 4 つの鏡の円があると、どの鏡にも残りの 3 つが映り、その像の中にまた映る。鏡を数学の反転に置き換えて像を重ね続け、像が最後に寄り集まる先(極限集合)の形と大きさを確かめた。

藍色の大きな真珠が 3 つと、中央の小さな真珠が 1 つ接している。真珠どうしの接点のまわりに、藍から茜へ色の変わる小さな真珠が何重にも入れ子になって並び、中央には白い細い線の円のレースが三つ葉の形に広がっている
同じ大きさの鏡の円 3 つと、そのすき間に接する小さな鏡の円に反転を重ねた像。深い像ほど茜に寄せて塗った。白い線は極限集合を縁取る円で、どれも鏡の円と直角に交わる。

なにか

「インドラの網」は華厳宗の比喩である。帝釈天(インドラ)の宮殿を覆う網は宝珠でできていて、珠は互いに映り合う。隋の杜順『華厳五教止観』は、西南の端の珠を 1 つ取って確かめると、その珠にすべての珠の影が一度に現れ、ほかの珠もひとつひとつ同じだと書く。華厳経の本文にも「因陀羅網」の語は何度も出るが、映り合う珠の説明は注釈書に書かれている。Mumford・Series・Wright の本『Indra's Pearls』(2002)はこの話から題名を取り、メビウス変換を重ねてできる図形を描いた。

円に関する反転は、中心から距離 d の点を、同じ向きの距離 r²/d の点へ移す。円の内と外が入れ替わり、円は円に写る。本物の鏡とは違う。遠くのものは、反転なら円の中心に写るが、凸面鏡では中心から半径の半分の位置に像を結ぶ。軸に近い光で半径の 0.5000 倍、軸から半径の半分だけ離れた光では 0.577 倍の位置になる。このページで鏡と呼ぶのは反転のことである。

鏡には、互いに外から接する曲率 2・3・6 の円と、そのすき間に接する曲率 23 の円を使った。曲率は半径の逆数で、この 4 つはデカルトの円定理 (2 + 3 + 6 + 23)² = 2(2² + 3² + 6² + 23²) を満たす。冒頭の図だけは、見やすさのために曲率 1・1・1 と 3 + 2√3 の対称な組にした。

像の数え方

鏡の円 4 つと入れ子の像、曲率が等差で増える点の列、接点のそばに並ぶ像の鎖、双対の円から作ったガスケット、円板の中の理想三角形と 0 から 1 のファレイの半円、次元の 2 つの経路の折れ線、球の上に写った入れ子の円
上から、像の数え方、縮み方とパップスの鎖、極限集合と双対の円、ファレイの三角形、次元の 2 つの経路、3 次元の鏡の球を並べた。

同じ鏡に 2 回続けて写すと元に戻るので、次にかける鏡は 3 通りずつ選べる。深さ n の像は 4·3ⁿ 個で、深さ 8 では 26,244 個になる。どの像も最後にかけた鏡の中に入り、同じ深さの像どうしは接するだけで重ならなかった。

像は 2 つの手順で作った。1 つは鏡を外から順にかけていく手順、もう 1 つは円板の中へ入っていく手順である。後者では、円板 X の中の像を「X に接する 3 つの円を X で写したもの」として作る。2 つの手順の像は深さ 8 まで 1 つずつ一致した。親の円と中の 3 つの像の曲率は、親の曲率を負にするとデカルトの円定理を満たす。

像は等比では縮まない

見立ては「像は深くなるたびに、ほぼ一定の割合で小さくなる」だった。外れた。深さ n でいちばん大きい像の曲率は 2、7、12、17 と、ちょうど 5 ずつ増えた。半径は 1/n でしか縮まない。曲率 2 と 3 の鏡の接点に向かって、接点を通る円が並ぶためである。接点を中心に反転すると 2 枚の鏡は平行な 2 本の直線になり、交互に写すたびに像の直線は同じ幅ずつ遠ざかる。その幅を曲率に直すと 2 + 3 = 5 になる。

接点を通らない像は 1/n² で縮む。3 枚目の鏡(曲率 6)を曲率 2 と 3 の鏡で交互に写すと、像は接点へ向かう鎖に並んだ。像の中心から 2 枚の鏡の共通接線までの距離を像の直径で割ると、m + 0.1(m は整数)になる。m = −10〜10 の 21 個で、ずれは最大 9×10⁻¹⁴ だった。像の曲率は 5m² + m + 6 に乗り、6・12・10・28・24 とすべて整数になる。中心の高さが直径の整数倍になるのは、アルベロスの中の円の鎖についてのパップスの定理と同じ形である。シュタイナー鎖を同心円に写した反転と同じ手で、鎖はまっすぐに並べ直される。

極限集合は鏡のガスケットではない

像が寄り集まる先を極限集合という。見立ては「鏡の円そのものが作るアポロニウスのガスケット」だった。これも外れた。極限集合は、鏡のうち 3 つの接点を通る円(双対の円)から作ったガスケットだった。双対の円は 4 つあり、曲率は −6・11・14・15 の整数になる(−6 は外側から全体を包む円)。どの双対の円も、自分が通る接点の 3 つの鏡と直角に交わる。

確かめ方は 2 通りである。1 つは、双対の円に鏡の反転をかけ続けた像の集合を作ること。もう 1 つは、双対の円 4 つからアポロニウスのガスケットと同じくデカルトの円定理だけで円を作ること。曲率 200・2,000・20,000 まで、円の数は 39・794・15,985 個でそろい、1 つずつ突き合わせて合わない円は 0 個、中心と半径のずれは最大 4×10⁻¹⁵ だった。鏡で写した円の曲率も整数から 5×10⁻⁹ 以内に乗る。

極限集合は、この円板をすべて取り除いた残りである。鏡の円周は、接点の 3 点を除いて双対の円板 4 つだけで覆われる。極限集合に残る鏡の輪郭は、接点の 3 点しかない。鏡と双対の円の役割を入れ替えると、今度は鏡の円のガスケット(曲率 −1 の円に包まれる)が現れる。双対の円で鏡の円を写した像の集合は、鏡の円からデカルトの円定理で作ったガスケットと、曲率 200 まで 413 個が 1 つずつ一致した。アポロニウスのガスケットは、接点を通る円で反転を重ねたときの極限集合だったことになる。

双対の円の中のファレイの三角形

双対の円の中だけを見ると、3 枚の鏡は円と直角に交わる弧で、頂点が円周に乗った三角形の 3 辺になる。円板を双曲平面とみなすと、これは頂点が無限の遠くにある理想三角形で、鏡で写した三角形が円板を隙間なく敷き詰める。

3 つの接点を 0・1・∞ に送るメビウス変換で円周を実数直線に伸ばすと、深さ 9 までの三角形 1,534 枚の頂点 1,536 個はすべて既約分数になった。どの三角形でも、2 つの頂点 p/q と r/s は |ps − qr| = 1 を満たす。これはファレイ数列で隣り合う分数の関係で、アポロニウスの号のフォード円が接し合う条件と同じである。分母の最大は 89 で、フィボナッチ数だった。

次元

極限集合は線より詰まっていて、面にはならない。その中間の度合い(ハウスドルフ次元)を 2 つの経路で求めた。

A は、双対のガスケットの円を曲率 K まで数える方法である。曲率 409 万 6 千まで 1,666 万個を数え、数の増え方の指数を終わりの 6 点で当てはめると 1.3058 になった。B は、鏡の像で極限集合を覆う方法である。半径が ε を下回った最初の像で覆い、ε を半分にしても半径の s 乗の和が変わらない s を探した。ε = 1/8192〜1/131072 の 5 つの平均は 1.3056 だった。文献値 1.305688 とは、どちらも 1×10⁻⁴ 以内で合う。

覆いを枚数で数えると、ε = 1/131072 でも指数は 1.320 で、まだ下がり続けていた。接点のそばでは覆いの円が細長く並び、1 枚ずつ数えると多めに出る。半径で重みをつけると、この偏りが消えた。

3 次元の鏡の球

互いに接する 4 つの鏡の球でも調べた。接点は 6 つあり、そのうち 4 つで決めた球 Σ に残りの 2 つも乗った。Σ は 4 つの鏡と直角に交わる。半径がそろった場合、半径 1・0.8・0.6・0.5 の場合、1・0.5・0.3・0.12 の場合の 3 通りで、どれも同じだった。鏡の球の像は深さ 6 まですべて Σ と直交し、反転は Σ を Σ に写すので、極限集合は Σ の上に乗る。鏡の球が Σ を切る円 4 つは、Σ の上で互いに接していた。3 次元の網は、球の上に平面の話がそのまま乗ったものである。

→ アポロニウスのガスケット(接する円を詰め続ける)

→ シュタイナー鎖(反転で円の輪をまっすぐにする)

→ 双曲タイリング {7,3}(円板の中の双曲平面)

どう作ったか

鏡の配置は、3 つの円を中心の距離から置き、4 つめの中心を複素数版のデカルトの円定理で出した。反転は円の中心と半径の式で直接計算した。次元の A では、ガスケットの円の曲率が整数のまま増えていくので、曲率だけを数えた。B では、円板の中へ入る順に像をたどった。接点のそばでは像が 1/n でしか縮まないので、いちばん細かい ε ではたどる深さが 2 万 6 千段を超えた。3 次元の像も、球の中心と半径の同じ式で計算した。

確かめていないこと。極限集合の次元は有限の範囲からの当てはめで、証明ではない。3 次元の極限集合の次元は測っていない。本物の鏡の球を並べて写る像との比べ合わせはしていない。『Indra's Pearls』は目次と著者のサイトまでしか見ておらず、本文は読んでいない。

出典

身近
鏡の球を並べると互いに映り合う。「インドラの網」の比喩は杜順『華厳五教止観』(大正蔵 T1867、45 巻 513 頁上段 27 行〜中段 3 行)。CBETA と SAT の大正蔵テキストで原文を読んだ。同じ比喩は法蔵『華厳経探玄記』(T1733、35 巻 123 頁下段)にもある
数理
D. Mumford, C. Series, D. Wright, "Indra's Pearls: The Vision of Felix Klein", Cambridge University Press (2002)。題名の由来とメビウス変換の本であることは、出版社の目次と、著者 D. Wright のサイトの表紙の解説で確かめた。ガスケットの次元の文献値 1.305688 は C. T. McMullen, "Hausdorff dimension and conformal dynamics III: Computation of dimension", Amer. J. Math. 120 (1998) 691–721 の要旨・図 5・表 11 にある値で、照合にだけ使った。著者のサイトにあるプレプリントで読んだ。デカルトの円定理とその複素数版は アポロニウスのガスケットと同じ
親戚
アポロニウスのガスケット・シュタイナー鎖・双曲タイリング {7,3}・算額の不変量・形の定数と対数の写像
生成
generators/indra.js(indra.svg 対称な鏡の網・indra-book.svg 帳簿)