主応力線のリブ
ホールや体育館の天井を見上げると、まっすぐな格子ではなく曲がった梁が渦を巻いていることがある。あれは意匠ではなく、板を曲げたときに力が流れる向きをそのまま線にしたものである。線は板のどの点でも 2 本ずつ直交して走る。ただし 1 点だけ、向きの決まらない点がある。正方形の板ならそれは中央にただ 1 つで、板を少しでも長方形にすると 2 つに割れて離れていく。
なにか
板を等分布荷重で曲げると、各点の曲げモーメントは 2×2 の対称行列(Mx, My, Mxy)になる。この行列の固有方向が主方向で、そこではねじりが 0 になる。主方向をつないだ曲線が主応力線(isostatic line)で、鉄筋やリブをこの向きに並べると、材料は曲げだけを受け持てばよくなる。P. L. Nervi が 1951 年にローマのガッティ羊毛工場の天井のリブをこの線に沿わせたことで知られる。
四辺を単純支持した長方形板のたわみは、Navier の二重正弦級数で書ける。ここでは級数を自分で立て、そこから Mx・My・Mxy を出し、主方向の場をルンゲ=クッタで積分して線を引いた。線の間隔がそろうように、すでに引いた線に近づいたら止める置き方をしている(Jobard と Lefer の等間隔流線の作法)。
道具が正しいことは、既知の数 2 つで確かめた。正方形板(ポアソン比 0.3)の最大たわみは 0.00406 qa⁴/D、中央の曲げモーメントは 0.0479 qa² である(Timoshenko の表)。この実装は 0.004062 と 0.047887 を出し、それぞれ 0.06% と 0.03% で合う。リブの向きを決めている行列そのものが正しいということである。
向きの決まらない点
Mx = My かつ Mxy = 0 になる点では、行列が単位行列の定数倍になり、どの向きも主方向になってしまう。等方点(アンビリック)と呼ばれる点で、そこだけリブの割り付けが決められない。
正方形の板では、対称性からすぐわかるとおり中央がその点である。2 次元のニュートン法で板じゅうを探しても、出てくるのは中央の 1 つだけだった。
面白いのはそこから縦横比を動かしたときである。1.005 にしただけで、中央の 1 点は 2 点に割れる。割れた 2 点は長い辺の中心線に乗ったまま、両側へ離れていく。縦横比 1.1 で 0.254 と 0.846(長辺を 1 としたときの位置)、1.4 で 0.071 と 0.929、2 で 0.010 と 0.990。縦横比を上げるほど短いほうの縁に張りついていく。
離れ方には法則がある。中心からのずれを縦横比 − 1 の平方根で割ると、0.9286・0.9290・0.9297・0.9317・0.9348(縦横比 1.005 から 1.1)とほぼ一定になる。ずれ ∝ √(縦横比 − 1)、つまり教科書どおりのピッチフォーク分岐である。正方形は 2 つの等方点がちょうど重なった特別な形だった、という読みになる。
比例定数は 0.928 あたりだが、3 桁目は主張しない。級数を m, n ≤ M で打ち切ると縁から a/M より細かい構造は表現できず、この定数も M と縦横比の刻みで 0.928 から 0.941 まで動く。ずれの中心からの距離が a/M より十分大きい範囲でだけ値が安定するので、その範囲で読んだ。分岐の局所展開(∂g/∂縦横比 と ∂²g/∂x² から定数を出す道)は、2 階微分の級数の収束が遅くて使えなかった。「解像度を振ると答えが動く」型の罠である。
縦横比 2.5 以上では、等方点は縁から a/M より近いところに入り、この道具では読めなくなる。消えたのではなく読めない。縁そのものは単純支持なので Mx も My も 0 になる退化した線で、等方点はそこへ吸い込まれていく形になる。
どう作ったか
- 板
- 生成器は
generators/isostatic.jsで、たわみを Navier の二重正弦級数(m, n は奇数)で足している。w とその 2 階微分を同じループで足して Mx・My・Mxy を組み、荷重 q と曲げ剛性 D は 1、ポアソン比は 0.3 とした。板の式 ∇⁴w = q/D の残差が、項を増やすと縮むことを確かめてある。 - 線
- 主方向は π を法としてしか決まらないので、1 歩ごとに前の向きと内積が正の枝を選ぶ。4 次のルンゲ=クッタ法で、刻みは 0.004〜0.008 にした。接線が主方向とどれだけ食い違うかを検査で測っている(最大 0.36°)。
- 置き方
- 種を中央に近い順に置き、同じ族のすでに引いた線に近づいたら止める。線の密度がそろい、そのままリブの割り付けとして読める。
- 等方点
- 中心線の上では対称性から Mxy = 0 なので、Mx − My の符号変化を二分法で追う(2 次元のニュートン法より桁が安定する)。中心線の外にないことは、別に 2 次元で探して確かめた。
出典と権利
- 数理
- Navier の解と既知の値は S. Timoshenko, Theory of Plates and Shells(初版 1940・archive.org のインドのデジタル図書館の写し)の §27 と p.133 の表 5 で読んだ(ポアソン比 0.3、b/a = 1.0 の行で α = 0.0443、β = 0.0479)。この版はたわみを α·qa⁴/(Eh³) で書くので、D = Eh³/(12(1 − ν²)) で直すと 0.0443/10.92 = 0.00406 qa⁴/D になる。第 2 版(1959)の表は貸出制限で開けなかった。ここでは級数を自分で立てて突き合わせた。等間隔の流線配置は B. Jobard と W. Lefer, Creating evenly-spaced streamlines of arbitrary density(Visualization in Scientific Computing '97)の p.5(線どうしの最小距離 dsep を決め、dtest = 0.5 dsep より近づいたら積分を止める)による。
- 建築
- ガッティ羊毛工場は T. Iori と S. Poretti, Informes de la Construcción 71 (2019) e282 の p.3「1951 年、ローマのガッティ羊毛工場の見まがいようのない天井。リブは主応力線に沿い、鉄網コンクリートの型枠で作られた」による。以前ここに書いていた 1953 年は確かめられなかった。リブと主応力線の対応を数値で評価した A. B. Halpern・D. P. Billington・S. Adriaenssens の論文(J. IASS 54, 2013)は、要旨しか読んでいない。実物の図面は見ていないし、載せてもいない。ここで描いたのは自分で立てた板の式から出た線だけである。
- 身近
- ホールや体育館の天井の曲がった梁・駐車場の床のリブ・鉄筋の配筋(身近な例として挙げた)。
- 親戚
- 測地線ドーム(建築の棚)・カテナリー・座屈・乾燥亀裂と柱状節理
- 生成
- generators/isostatic.js(isostatic.svg カード・isostatic-book.svg 帳簿)
つながり: 見取り図の発見84