家紋の花と本物の花
十六葉菊は 16 枚の花びらを均等に回して描く。同じ輪に黄金角で花びらを置いていくと、重ならずに入る上限は 13 や 21 になり、16 は置いている途中の数になる。この上限と、人が数えたフランスギクとヒナギクの舌状花の数を比べた。定理のとおりに止める模型は表に合わず、位置のばらつきを入れて置き続ける模型はフランスギクの大きな表をよく説明したが、ヒナギクでは差が出なかった。
なにか
家紋の花は、花びらを決まった数で均等に回して描く。家紋の対称群で十六葉菊は D16 に落ちた。一方でキク科の頭花は、小さな花の集まりで、縁に舌状花が並ぶ。その数はばらつき、表を作ると山ができる。
頭花の縁は、1 本の輪の上に点を置く話に抽象化できる。そこに黄金角を入れたときに輪へ入る数と、人が数えた舌状花の数を比べた。比べたのはフランスギクとヒナギクで、菊そのものの度数表は持っていない。
輪に入る数はフィボナッチ数になる
Battjes と Prusinkiewicz は 1998 年の章の p.307 で、次の定理を証明している。円の周の上に点を続けて置き、隣どうしの番号の点を黄金角だけ離す。各点を中心に同じ半径の円を描き、どの 2 つも交わらないようにすると、円の最大の数はフィボナッチ数になる。彼らはこれを Hirmer の予想と呼ぶ。Hirmer の 1931 年の論文そのものは開いていない。
円の大きさを 4,000 通り変えて自分でも試した。入る最大の数は 3・5・8・13・21・34・55・89・144・233・377 だけだった。大きさの範囲を一周の 0.2 までにしたので 3 から始まる。
16 個の輪は、弧の長短の比が 2.618 になる。13 個と 21 個では 1.618 である。同じ章の p.307 によれば、フィボナッチ数の途中では角が 3 種類になる。16 個のときの最小の弧は 21 個のときと同じ 12.4° で、まだ 5 個入る。均等な十六葉菊の 22.5° とは形が違う。
花びらと舌状花は同じものではない
家紋の花を全部この話に入れることはできない。梅鉢や桔梗の 5 は 1 輪の花の花びらで、頭花の舌状花とは別の器官である。西山豊もウメとキキョウを五数性の花に挙げ、キク科は小花の集合花として分けている。この記事で頭花の話に入るのは菊だけで、5 をフィボナッチ数の例にはしない。西山は「花びらの数はフィボナッチ数」という話について、苞・花弁・舌状花を一緒に「花びら」と呼ぶ誤りを指摘している。
ガーベラの頭花を調べた Zhang ほか(2021)も、そのまま舌状花の話にはならない。縁の模様はおおむね円形の段階からジグザグを経て螺旋へ進み、56 頭のうち 45 頭で初期の原基の数がフィボナッチ数だった。ただし論文の Significance 欄が「早い段階の模様」と書く相手は苞である。Battjes と Prusinkiewicz は p.283 で、舌状花や内側の総苞片が縁の原基から育つ模型を書いている。
黄金角そのものがなぜ出るかは、この定理の範囲の外にある。Prusinkiewicz(2026)は p.313 で、定理は黄金角を前提にした結果だと区別している。
人が数えた表
舌状花の数を数えた表を 3 つ使った。Pearson と Yule はフランスギク 1,133 頭を 1895 年 7 月に Keswick で数えた(Biometrika 1 巻 p.319)。Tower は同じ種を 1901 年に Ohio で 7 月 5 日に 284 頭、7 月 30 日に 168 頭数えた(同じ巻 p.313)。Neumann は 2024 年にドイツで 34 集団のヒナギク 563 頭を数え、生データを公開している(2026)。どの表も合計が頭数と合う。
模型を使わずに、数ごとの度数が両隣の平均をどれだけ超えるかを、ばらつきの目安で割った z で見た。z が 2 以上の数は、Pearson・Yule の 21(z=7.7)と 33(z=2.4)、Tower の 7 月 30 日の組の 13(z=2.0)、Neumann の 34(z=2.7)だけだった。比べた数は表ごとに 23〜57 あるので、複数の比較に耐えるのは 21 だけになる。Neumann の 55 は z=1.5 で、Tower の 7 月 5 日の組に z が 2 を超える数は無い。
16 は Pearson・Yule で 46 頭、全体の 4.1% で z=0.6 だった。21 は 286 頭で 25.2% になる。Biometrika の編集部の記事(p.306)はこの表について 14〜16 と 24〜26 にも山があると書き、Ludwig の 17,000 頭にも 24〜26 の山があると書く。Ludwig の原典は開いていない。この判定では、14〜16 と 24〜26 の z は 2 に届かなかった。
定理のとおりに止まる模型は負ける
模型を 2 つ試した。どちらも、輪に入る数の目安(容量)の中央値、頭ごとの容量のばらつき、原基の位置のばらつきの母数 3 つを持つ。1 つ目は定理のとおりに、最初にぶつかったところで止める。2 つ目は、ぶつかる原基だけを内へ送り、輪には K 個目まで置き続ける。p.283 の説明では、輪に入らない原基は中心のほうへ送られて置く作業が続くが、次の原基がまた輪に入れるかどうかは書かれていないので、2 通り試した。
基準には、整数に丸めた対数正規(母数 2)を使った。AIC は小さいほど当てはまりがよい。止める模型は 4 つの表のすべてで基準に負ける。止める模型は 13 と 21 に頭を積みすぎ、あいだの 18〜20 が薄くなる(Pearson・Yule の 13 は実物 2.0%・模型 11.1%、20 は実物 13.3%・模型 3.0%)。置き続ける模型は K=120 で、基準との差が Pearson・Yule で+287.7、Tower の 7 月 5 日の組で+45.9、7 月 30 日の組で+7.7 になった。Neumann のヒナギクでは −1.2 で、引き分けである。
Pearson・Yule に当てはめた母数は、容量の中央値 29.662、容量のばらつき 0.2、位置のばらつきは最小の角の 0.2 倍だった。この模型で 16 は 4.2% になり、実物の 4.1% に近い。16 に山は無く、斜面の途中にある数だった。
振ると動くところ
K の決め方は原典に無いので、60・90・120・180・240 と振った。Pearson・Yule の基準との差は+181.5・+295.3・+287.7・+268.1・+250.5 で、どれも勝つが値は動く。
なめらかな基準から同じ頭数の偽の表を 20 個作り、同じ比べ方をした。差は −61.9〜−15.1 で、模型は一度も勝たなかった。ただし偽の表では母数を探す格子を粗くしたので、模型に不利な比べ方になっている。
角も振った。Pearson・Yule の基準との差は、136° で+114.5、137° で+307.6、137.25° で+309.6、137.508° で+287.0、137.75° で+123.2、138° で −60.4 になる(母数を探す範囲を狭めたので、137.508° の値は上の+287.7 と少し違う)。135°(3/8 周)と 144°(2/5 周)は桁で崩れる。よく合うのは 137〜137.5° 付近で、黄金角はその中にあるが頂点ではない。137.25° が勝つのは 21 の山が高くなるからで、本物の角が 137.25° だという話にはならない。
フィボナッチ数のすぐ下 2 個とすぐ上 2 個の頭数の偏りは、模型とよく合う。Pearson・Yule の 21 は実物が 229 対 195、模型が 225 対 193 で、34 は実物が 15 対 1、模型が 13 対 2 だった。Neumann の 34 は実物が 6 対 27、模型が 11 対 41 で、向きが合う。同じ表に当てはめた結果なので、独立の予測ではない。
模型が出せないもの
21 の山は、K=120 で 19.5% にとどまり、K=90 で位置のばらつきを 0.15 倍にしても 23.8% で、実物の 25.2% に届かない。Neumann の最頻 42(実物 6.6%・模型 4.7%)も、34 と 55 の出っ張り(実物 4.4% と 4.8%・模型 2.8% と 2.0%)も出せない。Tower の 7 月 5 日の組の 33(実物 10.2%・模型 5.6%)も足りない。Biometrika の同じ記事も、Tower の 2 つ目の山は 34 ではなく 33 だと書いている。
書けるのは、位置のばらつきを入れた衝突模型がフランスギクの表をなめらかな分布より上手に説明する、というところまでである。ヒナギクでは差が出ない。舌状花の数の仕組みを説明したわけではない。
見立て
数える前に見立てを 3 つ決めた。1 つ目は、模型のままだと度数はフィボナッチ数だけに立ち、実物は幅をもって広がるので、ばらつきを入れた模型で山の幅が出るか見る、だった。幅は出たが、止める模型では足りず、置き続ける形が要った。半分当たりである。
2 つ目は、14〜16 と 24〜26 の山は模型だけでは出ない、だった。模型には確かにこの山は無いが、この判定では実物にも山と呼べる強さが無かった。見立ての前提が外れた。3 つ目は、絵は均等な十六葉菊と黄金角の 16 個を並べる形にする、で、表紙の 2 段と上の 3 輪になった。
紋散らし
テキスタイルにするなら、この形になる。同じ紋を敷く模様と違い、1 輪ずつ枚数と間隔が違う。どの花も花びらは重ならない。花びらは原基の最小の角の扇に収めてあるので、模型でぶつからなかった花は絵でも重ならない。
どう作ったか
当てはめは tools/explore/kamonhana-count.py と kamonhana-angle.py で行い、当てはめと別の乱数で測り直した。絵は generators/kamon-hana.js で、模型を別の言語で書き直し、乱数の種を固定した。2 つの実装の度数は、数ごとに 0.5 ポイント以内で揃う。
花びらは中心角 ζ の扇に収めた。ζ は重ならないための最小の角である。均等な輪では ζ を 360° を枚数で割った値にした。
確かめていないこと。菊そのものの度数表は持っていない。16 はフランスギクの話である。十六葉菊の 16 がどこから来たかは開いていない。本物の頭花の原基の位置は測っておらず、位置のばらつきは度数から当てはめた値である。絵の花は模型から取り出したもので、写真から写していない。模型の度数は乱数で少し動く(20 万頭で測ると 16 が 4.4%、21 が 19.3%)。
出典
- 定理と衝突模型
- J. Battjes・P. Prusinkiewicz「Modeling Meristic Characters of Asteracean Flowerheads」R. V. Jean・D. Barabé 編 Symmetry in Plants(World Scientific、1998)p.281〜312。p.283(衝突模型の説明・輪の原基から舌状花や内側の総苞片が育つ)、p.307(定理と証明・途中の数で角が 3 種類になる)。Hirmer の Planta 14(1931)132〜206 は開いていない
- 頭花の縁
- P. Prusinkiewicz「Emergence of the Golden Angle in Flower Heads」American Mathematical Monthly 133(2026 年 4 月)p.303〜、doi:10.1080/00029890.2025.2600904。p.304(縁の模様は円の上に点を置く 1 次元の過程に抽象化できる)、p.313(定理は黄金角を前提にした結果)
- ガーベラ
- T. Zhang ほか「Phyllotactic patterning of gerbera flower heads」PNAS 118(13)(2021)e2016304118。Significance 欄(早い段階の模様は苞)、本文(56 頭のうち 45 頭・円形→ジグザグ→螺旋)
- 度数表
- K. Pearson・G. U. Yule「Variation in Ray-flowers of Chrysanthemum leucanthemum, 1133 heads gathered at Keswick, during July, 1895」Biometrika 1(3)(1902)p.319。W. L. Tower「Variation in the Ray-flowers of Chrysanthemum leucanthemum L. at Yellow Springs」同じ号 p.309〜、表は p.313。C. Neumann「Variations in ray flower numbers of Common Daisy (Bellis perennis L.)」PLOS ONE 21(8)(2026)e0348529、doi:10.1371/journal.pone.0348529、CC BY。同じ Biometrika の号の編集部の記事「On the Sources of Apparent Polymorphism in Plants, etc.」p.306(14〜16 と 24〜26 の山・Ludwig の 17,000 頭)
- 花びらの呼び方
- 西山豊「偽科学『花びらの数はフィボナッチ数』を放映する NHK」(科学余話)。yutaka-nishiyama.sakura.ne.jp/jjs/fibonacci2025c.pdf
- 数理
- 位置のばらつきを入れた 2 つの模型、基準との比べ方、K・角・偽の表の振り方は自分で組んだ
- 親戚
- 家紋の対称群・フィロタキシス・黄金角の生まれ方・ヒマワリのボロノイ・ヒマワリを視覚野の座標に写す・亀甲と甲羅の育ち方
- 生成
- generators/kamon-hana.js(kamon-hana.svg 表紙・kamon-hana-rings.svg 3 輪・kamon-hana-count.svg 花の度数・kamon-hana-book.svg 帳簿・kamon-hana-textile.svg 紋散らし。乱数は種を固定)。度数と AIC の値は生成器の中に書いた