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蜂蜜に吹き込んだ空気の指

2 枚のガラスに蜂蜜を薄く挟み、端から空気を吹き込む。空気は平らな壁のようには進まず、細長い指になって蜂蜜の中を伸びていく。隙間の狭いセル(Hele-Shaw セル)では、流れは圧力の勾配に比例し、圧力はラプラス方程式を満たす(式は下で書く)。つまり DLA や誘電破壊と同じ「速いところほど速くなる」成長で、こちらは雑音のない側である。平らな界面は σ(k) = Uk − Ck³ で崩れ、最も速く育つ波数は √(U/3C) になる。表面張力ゼロなら、幅の割合 λ の指の輪郭 x = ((1−λ)/π) ln[½(1 + cos(πy/λ))] が厳密解で、写像の境界条件(1e−9)と格子のラプラス解(1e−2)の 2 経路で確かめた。先端の曲率半径は 2λ²/(π(1−λ)) で、λ = 1/2 ならちょうど 1/π になる。指は前方の流体の 1/λ 倍の速さで進む。

生成りの地に、上下の墨の壁に挟まれた絹色の水路。左から右へ、水路の半分の幅の指が丸い先端を右に向けて伸び、指のまわりを藍の流線が前方から回り込んで後方の隙間へ流れていく
幅 2 の水路を進む λ = 1/2 の指(表面張力ゼロの厳密解)と、指と一緒に動く座標で見た流線。前方の流体は指に押しのけられ、指の脇の隙間を後方へ抜ける。

なにか

隙間 b の 2 枚の板に挟まれた粘い液(粘度 μ)は、奥行きで平均すると v = −(b²/12μ)∇p で流れる。非圧縮なので ∇²p = 0 である。粘度の低い流体(空気)が粘い流体を押すと、界面のわずかな出っ張りの前では圧力の勾配が集中して速くなり、出っ張りはさらに出る。抑えるのは表面張力だけで、これは短い波長ほど強く効く。だから崩れ方には「いちばん育ちやすい波長」があり、しばらくすると 1 本の指が勝って、水路の一定の割合 λ を占めて一定の速さで進む。Saffman と Taylor は 1958 年の論文の要旨で、流れがよほど遅くないかぎり λ は ½ に近いと書いている。

平らな界面はどの波長で崩れるか

上段に成長率 σ(k) の曲線と最速の波数、中段に λ = 0.3・0.5・0.7 の指の輪郭と写像の境界条件の誤差の表、その下に格子のラプラス解で測った界面の法線速度の表、最後に先端の曲率半径の表
帳簿。①線形安定性 σ(k) と最速の波数 ②指の族と、写像 z(W) の境界条件の誤差 ③格子のラプラス解で測った界面の法線速度 ④先端の曲率半径と速さの比。

界面が速さ U で進む定常状態に、擾乱 ε eiky+σt を入れる。粘い側の圧力の擾乱は p′ = A e−kx eiky+σt(ラプラスを満たし、遠くで消える)とおける。界面が流体と一緒に動く条件(運動学)から MkA = σε(M = b²/12μ)、界面の圧力の条件から p₂ = p₁ − γk²ε(出っ張りの側が凸で、表面張力ぶんだけ圧力が下がる)。2 つを合わせると σ(k) = Uk − Ck³(C = Mγ)。長い波は押す力で育ち、短い波は表面張力で消える。境は k = √(U/C)、最速は k* = √(U/3C) で、そのときの成長率は (2/3)Uk* になる。黄金分割で最大を探しても閉じた形と 4e−9 で一致する。

指の族が本当に解であること

表面張力をゼロにすると、幅 2 の水路を進む定常な指の厳密解が閉じた形で書ける。Saffman と Taylor の要旨は、これが λ を助変数とする 1 つながりの族をなし、どれも同じように起こりうると述べている(輪郭の式そのものは本文にあるはずだが、本文は開けていない。ここでは下の 2 つの経路で解であることを自分で確かめた)。指の幅の割合を λ として、輪郭は x = ((1−λ)/π) ln[½(1 + cos(πy/λ))] である。λ は何でもよく、1 パラメータの族である。ここでは「本当に解か」を 2 つの経路で確かめた。

経路 1 は写像である。指と一緒に動く座標で流れは渦なしで、複素ポテンシャル W = φ + iψ をもつ。上半分の流れの領域は帯 −(1−λ) < ψ < 0 に写り、ψ = 0 の φ > 0 が界面、φ < 0 が前方の中心線、ψ = −(1−λ) が壁になる。界面では圧力が一定なので φ + x = 0 となる。これらをすべて満たす写像は z(W) = −W + (2λ/π)[ln(1 + i√(ζ−1)) − ½ ln ζ]、ζ = eπW/(1−λ) で、帯の内側ぎりぎりで境界を 401 点ずつ辿ると、壁 Im z = 1・中心線 Im z = 0・界面 x + φ = 0 がいずれも 1e−9 以内、界面の像は上の輪郭に 1e−8 以内、遠方は前方 −(1−λ)・後方 −1 の一様流に 1e−9 以内で乗る(λ = 0.3・0.5・0.7)。写像を Newton で逆に解いて物理平面で φ を並べ、5 点差分でラプラスを確かめると 2e−7 だった。

経路 2 は格子である。写像を使わずに、実験室の座標で指を固定した境界としてラプラス方程式を差分で解いた(自前の SOR。指の境界は、切り欠いた距離で差分する Shortley と Weller の方法で扱った)。指の内部は圧力一定、壁と対称線は流れなし、前方は λU の一様流、後方の隙間は静止とした。解けたら界面の法線方向の速度 ∂Φ/∂n を測る。指が速さ U で進むなら、界面の各点で流体の法線速度は U·nx のはず(界面は流線)。λ = 1/2・格子 1/60 で最大の差 9e−3、前方の速さは 0.4999 だった。写像とは別の道具で同じ答えが出る。λ = 0.3 の差 5% は、先端の曲率半径 0.08 が格子 5 個ぶんしかない解像度の限界で、族の欠陥ではない。

先端と速さ

輪郭を先端で展開すると x ≈ −(π(1−λ)/4λ²) y²、つまり先端の曲率半径 R = 2λ²/(π(1−λ)) となる。2 階差分で測った値と 1e−8 で一致する。λ = 1/2 のとき R = 1/π ちょうど(水路の半幅 = 1)。また指が幅 2λ を占めて速さ U で進むと、押しのけられる流体は幅 2 の水路を λU で流れるので、指は前方の流体の 1/λ 倍の速さで進む。λ = 1/2 なら 2 倍になる。実験で指が水路の半分を占め、流体の 2 倍で進むのは、この帳簿の λ = 1/2 である。

どの λ が選ばれるかは、この族の中では決まらない(表面張力ゼロではどれも解)。表面張力がどう λ を選ぶかは McLean と Saffman の 1981 年の数値計算が扱っているが、要旨は「定性的なふるまいは正しいが定量的には正確でない」「数値と形式的な特異摂動の解析のあいだに食い違いが残る」と書いている。選択の計算はここではしていないので、主張しない。

DLA との対照

DLA も誘電破壊も、境界の進む速さが ∇p に比例し、p がラプラス方程式を満たすという同じ骨組みをもつ。違いは雑音である。DLA は粒子が 1 個ずつランダムに着くので雑音が全部で、フラクタルの枝になる。Saffman と Taylor の指は雑音ゼロで、なめらかな 1 本になる。その中間(雑音を減らした DLA・表面張力を小さくした指)が同じ絵につながるのではないかと考えたくなるが、それを論じた文献は開けていないし、ここでは数値の比較もしていない。

どう作ったか

線形安定性
生成器は generators/saffman.js で、σ(k) = Uk − Ck³ を導出どおりに置き、最速の波数を黄金分割で探して閉じた形と突き合わせる。
写像
複素数の四則・exp・log・sqrt を自前で置き(log と sqrt は主値。切れ目が帯の境界に来るので、境界は内側へ 1e−9 だけ寄せて辿る)、z(W) と dz/dW を閉じた形で評価する。流線の描画と物理平面の確認は Newton で W(z) を戻す。
格子
x ∈ [−2.5, 2.5]・y ∈ [0, 1]・刻み 1/60 とした。指の内部を 0 に固定し、境界に接するノードは境界までの距離で差分をとる(Shortley と Weller の方法)。SOR(ω = 1.93)で 6,000 回反復した。法線速度は境界から 2h・4h の点の 2 次の片側差分で出した(補間のセルが指の内部にかからない距離)。
罠
輪郭の傾きは dx/dy = −((1−λ)/λ) tan(πy/2λ) で、tan の中の 2 を落とすと法線が壁側へ倒れて「一致しない」が出た。境界から h の点で片側差分をとると、補間のセルに指の内部(値 0)が入って 1 割ずれる。格子を 1/100 にすると SOR が 6,000 回では収束せず、粗い格子より悪い数が出た(反復の残差を見る)。

出典と権利

数理
P. G. Saffman と G. I. Taylor, Proc. Roy. Soc. A 245 (1958) 312 は、出版社の頁の要旨だけ読んだ(「λ を助変数とする 1 つながりの族で、どれも同じように起こりうる」「流れがよほど遅くないかぎり λ は ½ に近い」「とても遅いと λ は ½ から 1 まで増える」)。本文は有料で開けていない。J. W. McLean と P. G. Saffman, J. Fluid Mech. 102 (1981) 455 と D. Bensimon ほか, Rev. Mod. Phys. 58 (1986) 977 も要旨だけである。奥行きで平均した流れ v = −(b²/12μ)∇p は G. Kälbermann と R. Wallach, arXiv:cond-mat/0011151 の式 (1) で確かめた。ここに書いた数はすべてこのギャラリーで計算し直したもので、線形安定性の導出・写像の境界条件・格子のラプラス解・先端の曲率は実測である。
身近
ガラス板に挟んだ蜂蜜に空気を押し込む。剥がしたテープの跡の枝。油田に水を押し込んで油を採る水攻法(身近な例として挙げた)。
親戚
DLA(同じラプラス成長の雑音の側)・誘電破壊・川の分岐・蛇口の水が玉になる長さ(流体・波の棚 第 2 弾)・船もカモも同じ V 字(第 1 弾)
生成
generators/saffman.js(saffman.svg カード・saffman-book.svg 帳簿)

つながり: DLA(雑音の有無)・蛇口の水が玉になる長さ(同じ表面張力)・見取り図の発見96