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かけ算第36号|倍音列 × 膜と棒

音色が音階を決める

弦をはじいた音には高さがあるのに、太鼓を叩いた音にはない。ガムランの金属板の音はその中間で、合う音階が西洋のものとずれている。決めているのは 1 つの音の中身、倍音の並びである。太鼓の節線で膜の模様を見たので、今度は同じ膜の「音」を数として並べ、そこから協和する音程を計算で出した。弦(1 次元)だけが厳密に整数比 1:2:3:4 と続く列 になる。円膜は Bessel の零点の比 1・1.593・2.136・2.295・2.653・2.917 で、整数にいちばん近いものでも 1.47% 外れる。自由端の棒は cos x cosh x = 1 の根から 1 : 2.757 : 5.404 : 8.933 で、根は (2n+1)π/2 に寄り、差は 1 つ進むごとにちょうど eπ = 23.1407 分の 1 になる。この 3 つのスペクトルで粗さから協和曲線を引くと、調和スペクトル(倍音 7 本)の極小は 7/6・6/5・5/4・4/3・7/5・3/2・5/3・7/4・2/1 の 9 つで、どれも整数比に 0.1 セント以内に入る。棒では極小が 5 つだけで最寄りの単純比から 7〜35 セント外れ、膜では 11 個がばらばらに散る。そして倍音の本数 n を振ると、n が奇数のとき極小の集合はちょうど odd-limit n の比になる。Partch の「11-limit」は、11 本目の倍音まで聞く音色のことだった。

生成りの地に、縦に細長い 3 つのシルエット。左が藍、中が茜、右が緑で、それぞれ横幅が音程ごとの協和度を表し、くびれと膨らみの位置が 3 つとも違う
3 つの音色の協和曲線。縦は音程(下が 1/1・上が 2/1)、横幅が広いほど協和。左=調和スペクトル(弦・声)で膨らみが整数比にぴったり立つ。中=自由端の棒(ガムラン)。右=円膜(太鼓)。同じ「協和」でも、鳴らすものが変われば場所が変わる。

なにか

2 つの音を重ねたときの濁り(粗さ)は、近い周波数の部分音どうしの唸りから来る。Plomp と Levelt (1965) が測った粗さの曲線を Sethares が式に当てはめたものを使う。Sethares の 1993 年の論文(J. Acoust. Soc. Am. 94 (3), p.1220)では s₁ = 0.021・s₂ = 19・d* = 0.24 で、ここでは彼のサイトで配っているプログラム(dissmeasure.m)の細かい値を使った。d(x) = e−3.51sx − e−5.75sx、s = 0.24/(0.0207·fmin + 18.96)。2 つの複合音の不協和度は、部分音のすべての組についてこれを足したものである。片方の音を比 r で移しながら足し上げると、r の関数として協和曲線が引ける。

肝心なのはこの計算に音階が一切入っていないことである。入るのは部分音の周波数と振幅だけである。出てくる極小の位置が、その音色に合う音程になる。

弦だけが整数比になる

上に弦・膜・棒の振動数比の表、中に 3 つの協和曲線と極小の表、下に倍音の本数と odd-limit の表、Partch との突き合わせ
帳簿。①弦・膜・棒の固有振動比と棒の根の収束 ②3 つの協和曲線と、調和スペクトルの極小 ③倍音の本数 n と odd-limit ④Partch の One-Footed Bride との突き合わせ。

張った弦や気柱は 1 次元で、固有振動数は n に比例する。1:2:3:4 と続く列 が厳密に出るのはこの場合だけである。円膜(太鼓)は 2 次元で、固有値は Bessel 関数の零点 jm,s になる。いちばん低い (0,1) で割ると 1・1.593・2.136・2.295・2.653・2.917・3.156・3.500 になる。整数にいちばん近いのは 4.0589 で、4 から 1.47% 外れている。だから太鼓には音程がない。

自由端の棒(ガムランの鍵盤、グロッケンシュピール)は 4 階の方程式で、固有値は cos x · cosh x = 1 の根。数値で解くと 4.730041・7.853205・10.995608・14.137165 と続き、振動数は根の 2 乗に比例するから比は 1 : 2.757 : 5.404 : 8.933 : 13.344 になる。Sethares が引く Fletcher と Rossing の値は 1 : 2.758 : 5.406 : 8.936 で、小数第 2 位で少しずれる。この根には閉じた形がある。cos x · cosh x = 1 を cos x = 2/(ex + e−x) と書けば、右辺は x が π 進むごとに e−π 倍になる。だから根は (2n+1)π/2 に寄り、差は 1 つ進むごとに 22.72・23.16・23.14・23.14・23.14 倍で縮む。予言は eπ = 23.1407 である。

円膜のモード比に 1 つだけ妙な一致がある。j2,2/j0,1 = 3.50015 で、7/2 と 0.073 セントしか違わない。ただし半整数は音高を作らないので、偶然の一致として記録するだけにする。ティンパニについてもひとつ書いておく。よく「(1,1) から上の 4 つが 1 : 1.5 : 2 : 2.5 になるから音程が聞こえる」と言われるが、裸の膜の (m,1) 列は 1 : 1.340 : 1.665 : 1.980 : 2.289 で、その「理想」とは 195・317・403・468 セント違う。差を埋めるのは空気の負荷で、実際のティンパニでは (1,1) から上が 2 : 3 : 4 : 5 に近いと Christian ほか(J. Acoust. Soc. Am. 76, 1984)の要旨にある。ここでは空気の負荷を計算していない。

調和スペクトルの極小は、全部が整数比だった

倍音 7 本(振幅 0.88i)の音で協和曲線を引き、極小を拾う。7/6(266.8 セント・ずれ 0.099)・6/5(315.6・0.000)・5/4(386.3・0.000)・4/3(498.1・0.087)・7/5(582.5・0.000)・3/2(702.0・0.000)・5/3(884.3・0.069)・7/4(968.8・0.000)・2/1(1200.0・0.000)。9 個すべてが整数比に 0.1 セント以内で落ちる。音階を仮定せずに、純正律が出てきた。

倍音の本数を振ると、出てくる比の集合が伸びる。5 本なら 5/4・4/3・3/2・5/3・2/1(odd-limit 5)、7 本なら 7/6・6/5・5/4・4/3・7/5・3/2・5/3・7/4・2/1(odd-limit 7)、9 本で 13 個(odd-limit 9)、11 本で 19 個(odd-limit 11)。n が奇数のとき、極小の odd-limit は n ちょうどになる。Partch が 11-limit を選び、5-limit の西洋和声を「狭い」と呼んだのは、聞き取る倍音の本数の話だったことになる。倍音が 4 本しかないと谷が浅くなり、極小のひとつが 19.56 セント外れる。倍音が足りないと音階が決まらない。

棒と膜では、別の場所に落ちる

同じ計算を棒のスペクトル(1 : 2.757 : 5.404 : 8.933 : 13.344)でやると、極小は 5 つだけ。1.3512(521 セント)・1.4938(695)・1.6530(870)・1.7854(1003)・1.9604(1165)で、最寄りの単純比から 7〜35 セント外れる。オクターブですら 35 セント狭い。円膜では極小が 11 個、0.6〜25 セントのずれでばらばらに散る。協和は音程の性質ではなく、音色と音程の組の性質だった。ガムランの音階が西洋の音階とずれているのは、鳴らしているものが弦ではなく棒だからだ、とこの物差しは言う。Sethares も、ガムランの音階は楽器の音色(スペクトル)と関係していると書いている(彼のサイトの著書の紹介)。

続き: どんな形の膜なら倍音列になるか

弦が調和なのは 1 次元だからである。では 2 次元の膜は、形を選べば調和にできるのか。長方形の膜 [0,1]×[0,b] の固有振動数は √(m² + n²u)(u = 1/b²)なので、縦横比 b というつまみが 1 本ある。これを振って「低い方から k 個が 1 から k までの整数比になる」ところを探した。k = 2 でも最良で 407 セント(4 度以上)外れる。k = 3 まで揃えようとすると 900、k = 4 では 1200 セントになる。長方形の膜は、どう形を選んでも調和にならない。円膜も、低い方から 40 個のうち整数にいちばん近いのは (10,1) の 6.0194 で、6 から 5.6 セント外れている。

ただし正方形の膜には隠れたものがある。対角モード (k,k) の振動数は f/f₁₁ = √((k²+k²)/2) = k ちょうど(誤差ゼロ・整数の恒等式)。つまり正方形の膜は、対角モードだけを取り出せば完全な倍音列 1:2:3:4 と続く列 を持っている。それでも太鼓に音程がないのは、(1,1) と (2,2) のあいだに (1,2) = 1.581 が、(2,2) と (3,3) のあいだに (1,3) = 2.236 と (2,3) = 2.550 と (1,4) = 2.915 が挟まるからである。倍音列は膜の中に埋まっていて、非調和なモードに埋もれている。m² + n² = 2k² の解は (k,k) のほかに k = 5 の (1,7)、k = 10 の (2,14) があり、(1,7) と (5,5) は違う形なのに同じ 5 倍音を出す(太鼓の節線で見た縮退が、ちょうど倍音の上で起きている)。

Partch の図とどこで分かれるか

Harry Partch は『Genesis of a Music』(1949) で、43 音のそれぞれの協和度を横幅にした One-Footed Bride という図を描いた(原著は開けず、Hasegawa 2013 の紹介による)。カードと帳簿②の描き方はその読み方を借りている(曲線はこの生成器の計算)。Hasegawa は、Partch が完全 4 度と完全 5 度を「力」の音程としたと紹介している。粗さモデルで単純比の不協和度を並べると 1/1(0.018)・2/1(0.019)・3/2(0.121)・5/3(0.199)・7/4(0.236)・4/3(0.241)・5/4(0.297)…。1/1・2/1・3/2 は上位 3 つに出るが、4/3 は 6 番目で、5/3 と 7/4 に先を越される。

Partch の協和度は整数比の単純さ、粗さは倍音どうしの唸りから来る。2 つの物差しは上位 3 つで一致し、4/3 で分かれる。どちらが正しいかはここでは決めない。分かれる場所を記録する。和音のモアレでは協和を「超格子 1 セルに入る線の本数」で測り、epimoric(分子と分母が 1 違い)なら縞が超格子のまま出ると分かった。そちらの物差しでは 4/3 は 3 番目(線 p+q = 7 本)で、Partch に近い。整数比の側の 2 つの物差しは 4/3 を高く置き、唸りの側の物差しだけが低く置く。

つまみを振った。倍音の減衰を 0.7・0.8・0.88・0.95 と変えても、極小の位置は整数比のまま 0.20 セント以内で動かない。動くのは極小の数だけ(7 個・9 個・9 個・9 個)である。基準の周波数 261.6 Hz も振ると粗さの絶対値は変わるが、極小の位置は変わらない。

どう作ったか

固有振動
generators/timbre-scale.js。Bessel の零点は gallery/assets/drumhead-live.js の besselZero を共有(作品 drumhead と同じ 1 本)。棒の根は cos x cosh x = ±1 を二分法で 200 回回して求めた。
粗さ
Plomp と Levelt の式(Sethares の当てはめ)。部分音の全組合せを足す。極小は 2e−4 刻みの走査で拾い、最寄りの整数比は odd-limit ≤ 11 の全比から探す。
協和曲線
1/1 から 2/1 まで 900 点で描いた。横幅は、最大の不協和度からその点の不協和度を引いた値に比例させた。
長方形膜
縦横比 u = 1/b² を 0.02 から 50 まで 12,000 点走査し、低い方から k 個を 1 から k までの整数比と比べて最大のずれが最小になる u を探す。
\n
罠
「極小が整数比に乗る」は倍音の本数に依る。4 本だと 19.56 セント外れるので、本数を明記しないと主張にならない。

検査

出典と権利

数理
R. Plomp & W. J. M. Levelt, "Tonal consonance and critical bandwidth", JASA 38 (1965) 548〜560 の粗さ曲線は、W. A. Sethares, "Local consonance and the relationship between timbre and scale", JASA 94 (1993) 1218〜1228(本人のサイトの PDF で読んだ)の当てはめを通して使った。論文の値は a = 3.5・b = 5.75・s₁ = 0.021・s₂ = 19、ここで使った 3.51・0.0207・18.96 は彼のプログラム dissmeasure.m の値である。Harry Partch, Genesis of a Music (1949) の One-Footed Bride は協和度を横幅で描く図で、その読み方を借りた(曲線はこの生成器の計算・図の写しではない)。棒と膜の固有値は古典。ここに書いた数はすべてこのギャラリーで計算した。
ギャラリー内
太鼓の節線(同じ Bessel の零点・同じ縮退)・和音のモアレ(協和を超格子で測る側)・音階に光を当てると、平均律が出る(odd-limit が窓になる側)・なぜ鍵盤は 12 個か。
生成
generators/timbre-scale.js(timbre-scale.svg カード・timbre-scale-book.svg 帳簿)

つながり: 太鼓の節線・和音のモアレ・音階に光を当てると、平均律が出る・見取り図の発見103