皮質の縞と六角形
目を閉じていても見える蜂の巣や縞の幾何学模様は、脳の一次視覚野の面にできる活動の模様だと説明されている。その面になぜ縞か六角形ができ、どちらになるかは何で決まるのかを、「近くを興奮させ、遠くを抑える」結合の式ひとつから追った。
なにか
強い光の点滅を浴びたとき、眠りに落ちるとき、幻覚剤の作用を受けたときに、人は似た幾何学模様を見ると報告されてきた。Klüver はそれをトンネル、螺旋、格子、蜘蛛の巣の 4 種類に分けた。Bressloff、Cowan、Golubitsky、Thomas、Wiener の論文(2002)は、模様が両目に同じように見え、目と一緒に動くので、目ではなく脳で作られていると読む。同じ論文によれば、この考えを最初に理論にしたのは Ermentrout と Cowan(1979)で、一次視覚野(V1)の一様な活動が不安定になり、縞や六角形の活動ができるとした。論文は、幻覚剤が V1 の興奮しやすさを上げ、結合の強さにあたる量が臨界の値に届く、という筋道を例に挙げている。
一様な状態が不安定になって決まった波長の模様が育つ仕組みは、このギャラリーのチューリング・パターンと同じ型である。違うのは、化学物質の拡散の代わりに、神経どうしの結合が場所をつなぐ点にある。ここでは特定の絵や作品は写さず、皮質の面の式だけを作り直して、縞と六角形の出る条件を数で出した。視野でどう見えるかは最後に 1 枚だけ描いた。
模型
皮質の面の各点に活動の強さ u を置き、ut = −u + w ∗ f(u) で動かす。w は結合で、幅 1 のガウス関数(興奮)から幅 r = 2 のガウス関数(抑制)を引いた形にした。近くの点どうしは強め合い、少し離れた点どうしは抑え合う。2 つの重みは同じにしたので、面全体を一様に持ち上げる入力は打ち消される。f(u) = μu + γu² − u³ は神経の応答で、μ が利得、γ が応答の上下の非対称を表す 2 次の項である。長さの単位は興奮の幅、時間の単位は活動が自然に消える時定数とした。どの値も自分で置いたもので、生理の測定値ではない。
数字を出す前の見立ては 4 つだった。①雑音から育てた模様の波数は、式で出る値に数 % 以内で合う。②γ = 0 なら縞になり、γ を上げると六角形に入れ替わる。入れ替わりの γ は、臨界に近づくほど式の値に寄る。③γ が 0 でなければ、どんなに小さくても雑音からは六角形が先に出る。④抑制の届く距離が興奮より少しでも長ければ、利得を上げると必ず模様が出る。
どの波長が育つか
一様な状態に波数 k の小さな波を足すと、波は率 λ(k) = −1 + μŵ(k) で育つか消える。ŵ は結合のフーリエ変換で、ŵ(k) = e−k²/2 − e−r²k²/2 になる。山の位置は kc² = 4 ln r/(r² − 1)、高さは ŵc = r−2/(r²−1)(1 − r−2) と閉じた形で書ける。r = 2 では kc = 0.9614、波長は興奮の幅の 6.536 倍、臨界の利得は μc = 1/ŵc = 2.1165 である。利得がこの値を超えると、波長 6.5 前後の波だけが育ち始める。
式は 2 通りに確かめた。山の位置は、式を使わない数値の探索でも 0.9614 になった。ŵ そのものは、平面の上で結合に波を掛けて足し合わせる数値積分と、3 つの波数で 10 桁まで一致した。雑音から育てた面では、箱の大きさが波長で割り切れない場合でも、模様の波数は kc の 0.978 倍から 1.003 倍に収まり、見立て①は当たった。
縞か、六角形か
育ち始めた波の向きは決まっていない。1 方向の波だけが残れば縞になり、120° ずつ向きの違う 3 つの波が同じ強さで残れば六角形になる。3 つの波の振幅を A₁、A₂、A₃、臨界からの距離を ε = μ − μc として、振幅の式を自分で導いた。dA₁/dt = ŵc[εA₁ + 2γA₂*A₃* − 3|A₁|²A₁ − 6(|A₂|² + |A₃|²)A₁] で、2γ の項が 3 つの波を結びつける。ここから、六角形の解があるのは ε > −γ²/15、縞が安定なのは ε > 4γ²/3、六角形が安定なのは ε < 16γ²/3 と出る。γ を固定して利得を上げていくと、まず六角形だけの範囲があり、次に両方が安定な範囲、最後に縞だけの範囲が来る。
神経場の数値でこの境目を確かめた。縞の状態に六角形の向きの小さな乱れを足し、乱れの育つ率が 0 になる γ を探す。ε = 0.1、0.05、0.025 で 0.2845、0.1973、0.1382 になり、式の √(3ε/4) との比は 1.039、1.019、1.009 だった。六角形の側は 0.1290、0.0940、0.0674 で、式の √(3ε/16) との比は 0.942、0.970、0.985 だった。どちらも、ε を半分にするとずれがほぼ半分になる。式は γ と ε が小さいとして高次の項を落としているので、この寄り方は式の作りと合っている。格子を 2 倍細かくしても、箱を 2 倍にしても、値は 8 桁目まで変わらなかった。振幅も、縞が 0.12942(式 0.12910)、六角形が 0.06561(式 0.06527)と 0.5% 以内で合った。見立て②は当たった。
六角形は、一様な状態がまだ安定な ε < 0 でも残る。γ = 0.25 では式の下限が ε = −0.00417 で、ε = −0.0035 では振幅 0.02363(式 0.02333)の六角形が残り、ε = −0.005 では消えた。利得をゆっくり上げて下げると、模様の現れる値と消える値が食い違うことになる。
見立て③は外れた。ε = 0.05 で雑音から育てると、γ = 0.05 では縞になった。この γ は六角形が安定でいられる下限の 0.094 より小さい。γ = 0.15 は縞も六角形も安定な範囲にあり、乱数の種 3 つのうち 1 つが縞、2 つが六角形になった。γ = 0.25 では六角形だけになった。六角形が先に出るのは「γ を決めて利得を上げていくとき」であって、利得を決めて小さな γ を足すだけでは縞のままである。
反応拡散との違い
チューリング・パターンでは、抑える側の物質が強める側より十分に速く拡散しなければ模様は出ない。見本として、強める側と抑える側の反応の強さを [[1, −2], [2, −2]] と置いた。拡散の比のしきい値は式で (√2 + 2)² = 11.657 になり、数値の探索でも 11.657 だった。比が 11 倍でも模様は出ない。
神経場では事情が違い、見立て④は当たった。抑制の幅 r が興奮の幅の 1.05 倍しかなくても、臨界の利得は 27.87 と有限で、利得をそこまで上げれば模様は出る。r = 1.2 の面では、利得を μc の 1.05 倍にすると縞は率 +0.050 で育ち、0.95 倍にすると率 −0.050 で消えた。幅の差が小さいほど大きな利得が要るだけで、しきい値になる比は無い。ただしこれは 2 つの重みをつり合わせた結合での話で、つり合いを崩した場合は調べていない。
視野に戻すと
視野の点は、中心からの距離の対数と角度を座標にして V1 の面に写る(中心の近くを除く)。この対応を逆にたどると、皮質の六角形の並びは、中心へ向かって細かくなる蜂の巣の漏斗になる。図のいちばん下に 1 枚だけ描いた。写像そのものと、縞がトンネルや螺旋になる話は形の定数と対数の写像に書いた。
大きさの見当もつけられる。Bressloff たちの論文(2002)は、報告されている模様の本数から、皮質の上の波長を約 2.4〜3.2 mm と見積もっている。同じ論文にある皮質の拡大率は、中心窩で 11.5 mm/度、偏心 1.7 度でその半分である。この 2 つの値を通る式で、波長 2.4〜3.2 mm を視野の角度に直した。偏心 2 度で 0.45〜0.60 度、10 度で 1.43〜1.91 度、30 度で 3.88〜5.17 度の大きさに見える計算になる。外へ行くほど模様が大きく見えるのは、この拡大率の落ち方による。この模型の波長は興奮の幅の 6.536 倍なので、当てはめるなら興奮の幅は 0.37〜0.49 mm になる。ただしこれは、結合の形と r = 2 を自分で置いたうえでの逆算である。
どう作ったか
神経場は周期境界の正方格子に置き、フーリエ空間で時間を進めた。線形の部分は厳密に、非線形の部分は 1 次の精度で積分している。安定かどうかの境目は、縞または六角形の状態に 1e−7 の乱れを足して育つ率を測り、率が 0 になる γ を内挿して決めた。率が 0 になる点は時間の刻みによらない。高速フーリエ変換、画像の埋め込み、乱数はどれも自前で、外部のライブラリは使っていない。
確かめていないこと。Ermentrout と Cowan(1979)の原論文は読んでおらず、内容は Bressloff たちの論文(2002)の記述による。振幅の式と 3 本の境目は自分で導いて数値と比べただけで、文献の式とは突き合わせていない。結合の形、r = 2、f の形は自分で置いた。Bressloff たちの論文(2002)は、向きの好みの札がついた活動の模様が格子と蜘蛛の巣(Klüver の III 型と IV 型)にあたるとしている(p.485)。この模型には向きを入れていない(向きを入れた模型は蜘蛛の巣の幻視と、向きごと回す対称性)。雑音から育てたときに縞と六角形のどちらになるかの割合は、種 3 つでしか見ていない。皮質の波長 2.4〜3.2 mm は論文の見積もりをそのまま使った。
出典
- 身近
- 幾何学的な幻視の 4 分類(H. Klüver)と、その脳内での起源の説明は P. C. Bressloff, J. D. Cowan, M. Golubitsky, P. J. Thomas, M. C. Wiener, "What Geometric Visual Hallucinations Tell Us about the Visual Cortex", Neural Computation 14, 473–491 (2002) を読んで確かめた。特定の絵や作品は写していない
- 数理
- G. B. Ermentrout & J. D. Cowan, "A mathematical theory of visual hallucination patterns", Biol. Cybernetics 34, 137–150 (1979)(PubMed の要旨を読んだ。「分岐理論と群論を使い、六角形や縞などの二重周期の模様が場の方程式の解として現れることを示す」)。皮質の拡大率 11.5 mm/度と波長 2.4〜3.2 mm は上の Bressloff ほか (2002) の値。神経場の式の型は H. R. Wilson と J. D. Cowan(1972・1973)と S. Amari(1977)に由来する(Cook ほか, arXiv:2103.10554 の総説の p.11「現代の神経場の定式化の起源は Wilson と Cowan の仕事にあり、Amari の模型がより明快な枠組みを与える」)。反応拡散のしきい値は A. Turing (1952) の線形解析を見本の行列に当てはめた
- 親戚
- 点滅光と皮質の模様・形の定数と対数の写像・蜘蛛の巣の幻視と、向きごと回す対称性・チューリング・パターン・周辺ドリフトと扇の弧
- 生成
- generators/v1-turing.js(v1-turing.svg 皮質の面・v1-turing-book.svg 帳簿。依存は自前の PNG 書き出しだけ)