かけ算第17号|和音のかたち × Hat
周転円で描く角
円の足し算(フーリエ級数)で Hat タイルの輪郭を描き、角のところの行き過ぎを矩形波と比べた。
音の道具で輪郭が描ける
和音のかたちで、音を図形にする道は4本あると並べた。その3本目が「円に巻いて級数にする」=フーリエである。閉じた曲線を複素数の列 z(t) と見れば、どんな輪郭も
z(t) = Σ ck e2πikt
。半径 |ck| の円が k 周まわる、その足し算で書ける。音の分析に使う道具が、そのまま形の分析の道具になる。だからこの作品は音の棚と、非周期タイリングの棚を掛け合わせたものである。描く相手には、当ギャラリーで作った Hat タイルの輪郭(13角形)を選んだ。理由は権利がきれいなことと、もうひとつ。Hat には角が13個ある。
跳びのところは、必ず 8.9490% 行き過ぎる
これがギブス現象である。値は跳びの高さの 8.948987% で、もっと正確には (2/π)·Si(π) − 1 を跳び 2 で割った数になる。Si(π) は積分 ∫₀π sin t/t dt = 1.8519370519824661 で、ここでは冪級数とシンプソン則の2経路で 2e-14 まで突き合わせた(独立2経路)。
面白いのは行き方の速さが波形で違うことだった。矩形波は N を3倍にすると誤差が9分の1(1/N²)で、N=45 でもう 8.9510% まで来る。ノコギリ波は N を5倍にして5分の1(1/N)で、N=4000 でようやく 8.9365% に届く。着く場所は同じで、速さだけが対称性のぶん違う。
最大が出る位置も測った。矩形波ではどの N でも x = π/(2N) にある(測ると x·N/π = 0.500)。ノコギリ波では x = π − π/N になる。つまりはみ出しは跳びに向かって「本数の逆数」の速さで寄っていく。この「寄っていく」が、次の節で角の話になる。
角が1つでもあると、係数の減衰がそこで止まる
弧長で等間隔にパラメータを取ると、多角形の接線は階段関数になる(辺の上では向きが一定で、頂点で跳ぶ)。階段関数の係数は 1/k で落ちるから、その積分である輪郭の係数は 1/k² で落ちる。角がなければ輪郭は解析的で、係数は指数的に落ちる。「なめらかさ」がそのまま「係数の落ち方」になっている。
パラメータの取り方を変えて確かめた。頂点で等分(辺の長さが違うので弧長とは別のパラメータになる)にしても傾きは −2.089 で、ほとんど変わらない。つまり減衰の速さを決めているのはパラメータの取り方ではなく、角があるかどうかだけだった。
矩形波の跳びと、タイルの角は、同じ曲線だった
接線は階段関数だから、タイルの角では階段関数のギブス現象がそのまま出る。これが予想だった。測った。Hat の13個の角すべてで、接線の部分和が接線の跳びを何割はみ出すかを数えた。
| 円の本数 | 13角の平均 | 最小 | 最大 | ばらつき |
|---|---|---|---|---|
| |k| ≤ 64 | 10.445% | 6.420% | 19.227% | 12.81 点 |
| |k| ≤ 256 | 8.976% | 8.817% | 9.330% | 0.51 点 |
| |k| ≤ 1024 | 8.952% | 8.841% | 9.092% | 0.25 点 |
| 理論値(矩形波と同じ) | 8.948987% | |||
寄っていった。しかも Hat の角は 60° の折れと 90° の折れの2種類(接線の跳びが 1.000 と 1.414)あるのに、分けて平均しても 8.962% と 8.941% でほぼ同じになる。はみ出しの割合は、角度にも、跳びの大きさにも、辺の長さにもよらない。1次元の矩形波でわかっていた定数が、2次元のタイルの角に、同じ数字のまま出ている。
この「タイルの角が矩形波と同じ定数」はこの作品で計算して確かめた主張で、文献での扱いは確かめていない。筋は上に書いたとおり(弧長パラメータ → 接線が階段関数 → 階段関数のギブス)で、新しい定理だとは主張しない。そう書いてある文献はまだ見ていないので、ここでは「測った」とだけ言う。
おまけ:「丸いほど得」は、係数の項ごとの不等号だった
係数を持っていると、幾何の量が式で出てくる。閉曲線の面積は A = π Σ k |ck|²、弧長パラメータなら周長は L² = 4π² Σ k² |ck|²。引くと
L² − 4πA = 4π² Σ (k² − k) |ck|²
k は整数なので k(k−1) は必ず 0 以上になる。だから右辺は項ごとに非負で、L² ≥ 4πA が出る。これが等周不等式(同じ周長なら円がいちばん広い)で、この証明は Hurwitz が 1901 年にやっている。100001 個の項を実際に数えて、負の項がひとつもないことと、和が実測の L²−4πA に一致することを確かめた。
等号は「k=0 と k=1 以外の係数がぜんぶ 0」のとき、つまり円だけ。実際に円を測ると |c1| = 1 で他は最大 2.4e-16、L²/(4πA) = 1.0000000000000 だった。泡や蜂の巣が丸くなろうとする理由が、係数の並びの中に不等号として書いてある。
| 形 | L²/(4πA) | 意味 |
|---|---|---|
| 円 | 1.000000 | 等号(k=0,1 だけ) |
| 楕円 1:0.6 | 1.100395 | 係数からと実測が8桁一致 |
| 正六角形 | 1.102658 | 平面を埋められる形でいちばん円に近い |
| 正方形 | 1.273240 | |
| 正三角形 | 1.653987 | |
| Hat タイル | 1.942727 | この表でいちばん円から遠い |
ここには罠がひとつある。面積の等式はパラメータの取り方によらない(頂点等分でも 1e-12 で一致)が、周長の等式は弧長パラメータでないと壊れる。頂点等分で測ると 4π²Σk²|ck|² は真の L² の 1.0760 倍になる。壊れる向きは必ず上(コーシー・シュワルツの不等式 ∫|z′|² ≥ (∫|z′|)² のぶん)。つまり等周不等式の証明は、弧長パラメータの上に乗っている。パラメータを変えると証明が壊れるという形で、「点に落とすとき何を捨てたかが答えを変える」と同じ罠が、ここにもある。
回折はフーリエ変換そのもの。この作品の3日前の話
構造に光を当てて出る回折像は、その構造のフーリエ変換の絶対値の2乗である。だから「輪郭をフーリエ級数に分解する」というこの作品の操作は、光にやらせるとそのまま実験になる。
2026年7月29日、東京工業大学・東京大学生産技術研究所・NTT の森竹勇斗らが Nature Communications に「Chiral diffraction from aperiodic monotile structure」を発表した。Hat タイルの重心に点を置いた集合を、厚さ 350nm の窒化シリコン膜に半径 100nm の穴として電子線リソグラフィで刻み、レーザー(532nm)を当てて回折像を撮っている。回折像には風車のように片回りする、鏡映のない模様が現れ、鏡像の構造ではその向きが反転した。2023年に見つかった数学の形が、3年でナノ構造の光学素子になっている(この作品の主張とは独立)。「Hat の回折像を計算する」はこの作品の道具の素直な続きで、Hat の回折像で計算した。
どう作ったか
係数は2通りで出した。①サンプルからの素朴な DFT と、②辺ごとに閉じた形で積分した厳密な係数(多角形は区分1次だから積分が手で解ける)である。両者の差は最大係数比で 1.26e-8 まで一致し、しかもサンプル数を4倍にすると18分の1・14分の1に縮む。残っているのは折り返し(エイリアシング)の Σck+mN だけという、説明どおりの振る舞いだった。
部分和は、どこで打ち切っても始点と終点が 10⁻¹⁵ の範囲で一致し、閉じた曲線になる。
予想を外した点を1つ書いておく。オクターブごとの比は「1/4 に落ち着く」と書いたが、k=8→16 の帯ではまだ 0.181 で、落ち着くのは k ≥ 16 からだった。検査は漸近域を先に宣言してから測るように直した(短い窓はきっちり一定に見えるの裏返し=短い窓は「まだ一定でない」ことも見せる)。
出典
- 数理
- 複素フーリエ級数と部分和。ギブス現象の定数 (2/π)Si(π) は H. Wilbraham (1848) と J. W. Gibbs (1898)(Wilbraham が先に書いていたことは後に知られた)。閉曲線の面積・周長をフーリエ係数で書いて等周不等式 L² ≥ 4πA を導く証明は A. Hurwitz (1901)。「弧長パラメータの多角形では接線が階段関数になるので、タイルの角に矩形波と同じギブス定数が出る」という言い方はこの作品で機械検査したもので、文献での扱いは確かめていない
- 描く相手
- Hat タイル=D. Smith, J. S. Myers, C. S. Kaplan, C. Goodman-Strauss, "An aperiodic monotile" (2023, arXiv:2303.10798)。輪郭は当ギャラリーの Hat の実装から借りている
- 実験
- Y. Moritake, M. Takiguchi, T. Aihara, M. Notomi, "Chiral diffraction from aperiodic monotile structure", Nature Communications 17, 6085 (2026-07-29)
- 生成
- generators/fourier.js(DFT/IDFT・辺ごとの厳密係数・弧長と頂点等分の2つのパラメータ・楕円の弧長サンプル・Si(x) の2経路・周転円の鎖・13角のギブス測定・図4枚。依存ゼロ・乱数ゼロ。generators/hat.js から輪郭を借りている)