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かけ算第17号|和音のかたち × Hat

周転円で描く角 — 矩形波の跳びとタイルの角は、同じ 8.9490%

Hat タイルの輪郭を、17個・65個・257個の円の足し算で描いた3枚の図。円を増やすほど角が立っていく
円をいくつか鎖につないで、その先にペンをつける(周転円)。円が17個だと丸い染みだが、257個で13個の角を持つ Hat タイルになる。ただし——角のところは、いつも少し行き過ぎる

音の道具で輪郭が描ける

和音のかたちで、音を図形にする道は4本あると並べた。その3本目が「円に巻いて級数にする」=フーリエである。閉じた曲線を複素数の列 z(t) と見れば、どんな輪郭も

z(t) = Σ ck e2πikt

——半径 |ck| の円が k 周まわる、その足し算で書ける。音の分析に使う道具が、そのまま形の分析の道具になる。だからこの作品は音の棚と、非周期タイリングの棚を掛け合わせたものである。描く相手には、当ギャラリーで作った Hat タイルの輪郭(13角形)を選んだ。理由は権利がきれいなことと、もうひとつ——Hat には角が13個ある

跳びのところは、必ず 8.9490% 行き過ぎる

矩形波を正弦波5本・15本・45本で組み立てた図と、跳びのすぐ先を拡大した図。どの本数でも最大は1.1789797に張り付く
矩形波(跳びの高さ 2)を正弦波で組み立てると、跳びのすぐ先が必ず 1.1789797 まで持ち上がる。N=5 で 9.1164%、N=5000 で 8.9490%。波の本数を増やしてもはみ出しは細くなるだけで、低くならない

これがギブス現象である。値は跳びの高さの 8.948987% で、もっと正確には (2/π)·Si(π) − 1 を跳び 2 で割った数。Si(π) は積分 ∫₀π sin t/t dt = 1.8519370519824661 で、ここでは冪級数とシンプソン則の2経路で 2e-14 まで突き合わせた独立2経路)。

面白いのは行き方の速さが波形で違うことだった。矩形波は N を3倍にすると誤差が9分の1(1/N²)で、N=45 でもう 8.9510% まで来る。ノコギリ波は N を5倍にして5分の1(1/N)で、N=4000 でようやく 8.9365%。着く場所は同じで、速さだけが対称性のぶん違う

最大が出る位置も測った。矩形波ではどの N でも x = π/(2N)(実測 x·N/π = 0.500)。ノコギリ波では x = π − π/N。つまりはみ出しは跳びに向かって「本数の逆数」の速さで寄っていく。この「寄っていく」が、次の節で角の話になる。

角が1つでもあると、係数の減衰がそこで止まる

係数の大きさを両対数で描いた図。Hatは傾き-2の直線に乗り、楕円は下へ折れて落ちていく
Hat(角あり)は両対数で傾き −2 の直線=|ck| ~ 1/k²。オクターブごとの比が 1/4 に落ち着く。楕円(角なし)は比が 0.129 → 0.050 → 0.009 と加速して丸め誤差の床に着く=指数的

弧長で等間隔にパラメータを取ると、多角形の接線は階段関数になる(辺の上では向きが一定で、頂点で跳ぶ)。階段関数の係数は 1/k で落ちるから、その積分である輪郭の係数は 1/k² で落ちる。角がなければ輪郭は解析的で、係数は指数的に落ちる。「なめらかさ」がそのまま「係数の落ち方」になっている。

パラメータの取り方を変えて確かめた。頂点で等分(辺の長さが違うので弧長とは別のパラメータになる)にしても傾きは −2.089 のまま。つまり減衰の速さを決めているのはパラメータの取り方ではなく、角があるかどうかだけだった。

★矩形波の跳びと、タイルの角は、同じ曲線だった

Hatの角を拡大した図と、矩形波・タイルの角・解析解Siの3本を重ねた図。3本は完全に重なる
右=横軸を「本数でスケールした跳びからの距離」に取ると、矩形波の部分和(赤)・Hat の角での接線(藍の破線)・解析解 Si(v)/π(太い薄線)の3本が重なる。頂点 v=π での高さが 0.5894899=跳びの 58.949%=はみ出し 8.949%

接線は階段関数だから、タイルの角では階段関数のギブス現象がそのまま出る——これが予想だった。測った。Hat の13個の角すべてで、接線の部分和が接線の跳びを何割はみ出すかを数えた。

円の本数13角の平均最小最大ばらつき
|k| ≤ 6410.445%6.420%19.227%12.81 点
|k| ≤ 2568.976%8.817%9.330%0.51 点
|k| ≤ 10248.952%8.841%9.092%0.25 点
理論値(矩形波と同じ)8.948987%

寄っていった。しかも Hat の角は 60° の折れと 90° の折れの2種類(接線の跳びが 1.000 と 1.414)あるのに、分けて平均しても 8.962% と 8.941% ——はみ出しの割合は、角度にも、跳びの大きさにも、辺の長さにもよらない。1次元の矩形波でわかっていた定数が、2次元のタイルの角に、同じ数字のまま出ている。

⚠️ この「タイルの角が矩形波と同じ定数」はこの作品で機械検査した主張で、文献での扱いは確かめていない。筋は上に書いたとおり(弧長パラメータ → 接線が階段関数 → 階段関数のギブス)なので新しい定理ではないと思われるが、そう書いてある文献を見ていないので、ここでは「測った」とだけ言う。

おまけ:「丸いほど得」は、係数の項ごとの不等号だった

係数を持っていると、幾何の量が式で出てくる。閉曲線の面積は A = π Σ k |ck、弧長パラメータなら周長は L² = 4π² Σ k² |ck。引くと

L² − 4πA = 4π² Σ (k² − k) |ck

——k は整数なので k(k−1) は必ず 0 以上。だから右辺は項ごとに非負で、L² ≥ 4πA が出る。これが等周不等式(同じ周長なら円がいちばん広い)で、この証明は Hurwitz が 1901 年にやっている。機械には 100001 個の項を数えさせて、負の項がひとつも無いことと、和が実測の L²−4πA に一致することを確かめた。

等号は「k=0 と k=1 以外の係数がぜんぶ 0」のとき、つまり円だけ。実際に円を測ると |c1| = 1 で他は最大 2.4e-16、L²/(4πA) = 1.0000000000000 だった。蜂の巣が丸くなろうとする理由が、係数の並びの中に不等号として書いてある

L²/(4πA)意味
1.000000等号(k=0,1 だけ)
楕円 1:0.61.100395係数からと実測が8桁一致
正六角形1.102658平面を埋められる形でいちばん円に近い
正方形1.273240
正三角形1.653987
Hat タイル1.942727この表でいちばん円から遠い

⚠️ ここで罠を1つ踏んだ。面積の等式はパラメータの取り方によらない(頂点等分でも 1e-12 で一致)が、周長の等式は弧長パラメータでないと壊れる。頂点等分で測ると 4π²Σk²|ck|² は真の L² の 1.0760 倍になった。壊れる向きは必ず上(コーシー–シュワルツ ∫|z′|² ≥ (∫|z′|)² のぶん)。つまり等周不等式の証明は、弧長パラメータの上に乗っている。パラメータを変えると証明が壊れるという形で、「点に落とすとき何を捨てたかが答えを変える」と同じ罠がここにも出た。

回折はフーリエ変換そのもの — この作品の3日前の話

構造に光を当てて出る回折像は、その構造のフーリエ変換の絶対値の2乗である。だから「輪郭をフーリエ級数に分解する」というこの作品の操作は、光にやらせるとそのまま実験になる

2026年8月19日、東京大学・東京科学大学・NTT のチームが Nature Communications に「Chiral Diffraction from Aperiodic Monotile Structure」を発表したと報じられた。Hat タイルの重心の配置を、厚さ 350nm の窒化シリコン膜に半径 100nm の穴として電子線リソグラフィで刻み、レーザーを当てて回折像を撮ったという内容で、周期構造では出ない風車状に片回りするカイラルな回折像が観測され、鏡像にすると回転も反転したとされる。2023年に見つかった数学の形が、3年でナノ構造の光学素子になっている。
⚠️ これは報道で読んだ内容で、論文そのものは未読(この作品の主張とは独立)。ただ「Hat の回折像を計算する」はこの作品の道具の素直な続きなので、次の一手として置いておく。

どう作ったか

係数は2経路で出した。①素朴なDFT(サンプルから)②辺ごとに閉じた形で積分した厳密な係数(多角形は区分1次だから積分が手で解ける)。両者の差は最大係数比で 1.26e-8 まで一致し、しかもサンプル数を4倍にすると18分の1・14分の1に縮む=残っているのは折り返し(エイリアシング)の Σck+mN だけ、という説明どおりの振る舞いだった。

機械検査は45件: ①Si(π) の2経路一致と既知値 ②矩形波のはみ出しの単調収束・最大の位置 π/(2N)・1/N² と 1/N の速さの違い ③DFT往復とパーセバル ④厳密係数 vs DFT と 1/N² の縮み・c0=弧長重心 ⑤減衰の傾き −2(弧長・頂点等分の両方)とオクターブ比 1/4・楕円は片対数のほうが当てはまる ⑥面積と周長が係数から出る・打ち切り誤差の速さ ⑦頂点等分で周長の等式が壊れる向きまで合う ⑧Hurwitz の項が全部非負 ⑨円は k=0,1 だけで等号 ⑩13角のギブスが理論値へ収束・角度によらない ⑪3経路が v=π で一致 ⑫部分和は必ず閉じる ⑬出荷SVG4枚。

⚠️ 予想を外した点を1つ書いておく。オクターブごとの比は「1/4 に落ち着く」と書いたが、k=8→16 の帯ではまだ 0.181 で、落ち着くのは k ≥ 16 からだった。検査は漸近域を先に宣言してから測るように直した(短い窓はきっちり一定に見えるの裏返し=短い窓は「まだ一定でない」ことも見せる)。

→ 和音のかたち(親①・音を図形にする4本の道の3本目)

→ Hat タイル(親②・角が13個ある非周期モノタイル)

→ 泡の法則(等周不等式が効いている場所)

→ 和音のモアレ(音の棚の隣の作品)

出典

数理
複素フーリエ級数と部分和。ギブス現象の定数 (2/π)Si(π) は H. Wilbraham (1848) と J. W. Gibbs (1898)(Wilbraham が先に書いていたことは後に知られた)。閉曲線の面積・周長をフーリエ係数で書いて等周不等式 L² ≥ 4πA を導く証明は A. Hurwitz (1901)。「弧長パラメータの多角形では接線が階段関数になるので、タイルの角に矩形波と同じギブス定数が出る」という言い方はこの作品で機械検査したもので、文献での扱いは確かめていない
描く相手
Hat タイル=D. Smith, J. S. Myers, C. S. Kaplan, C. Goodman-Strauss, "An aperiodic monotile" (2023, arXiv:2303.10798)。輪郭は当ギャラリーの Hat の実装から借りている
報道
Hat タイルのナノ構造化とカイラル回折の観測(東京大学・東京科学大学・NTT, Nature Communications, 2026-08-19 報道)。報道で読んだだけで論文は未読
生成
generators/fourier.js(DFT/IDFT・辺ごとの厳密係数・弧長と頂点等分の2つのパラメータ・楕円の弧長サンプル・Si(x) の2経路・周転円の鎖・13角のギブス測定・図4枚。依存ゼロ・乱数ゼロ。generators/hat.js から輪郭を借りている)