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かけ算第18号|Hat × 周転円で描く角

Hat の回折像 — 部品は鏡を含むのに、全体は鏡に映せない

左にHatタイルを円形に切り出したパッチ、右にその重心の回折像。ブラッグ点が6回対称に並んでいる
CDの裏に光を当てると虹が出る。あれが回折で、出てくる模様は構造のフーリエ変換の絶対値の2乗そのもの。だから周転円で描く角で作った道具を2次元に向けると、「この構造に光を当てたら何が見えるか」が計算できる

なぜこれを計算したか

2026年8月19日、東京大学・東京科学大学・NTT のチームが Nature Communications に「Chiral Diffraction from Aperiodic Monotile Structure」を発表したと報じられた。Hat タイル(2023年に見つかったアインシュタイン問題の解)のタイル重心の配置を、厚さ 350nm の窒化シリコン膜に半径 100nm の穴として電子線リソグラフィで刻み、レーザーを当てて回折像を撮ったという内容で、周期構造では出ない風車状に片回りするカイラルな回折像が観測され、鏡像にすると回転も反転したとされる。

2023年の数学の発見が、3年でナノ光学素子になっている。そしてやっていることは、このギャラリーが前の作品で作った道具そのままだった。だから追試した。⚠️ 報道で読んだだけで論文は未読である。以下はすべて自分の計算で、主張は機械検査に落とし、否定の主張には探した範囲を併記する。

⚠️ 回折させたのはタイル重心の点集合だけで、タイルの形(形状因子)は落としている。報道も「タイル重心の配置に基づいた準格子」と言っているのでこれでよいはずだが、落としたものは書いておく。切り出しは円形にした——正方形の窓は偽の4回対称を持ち込むからで、いっぽう円形窓は動径方向に副極大(リンギング)を作るので、弱い点のいくつかは窓の効果である。

点はほんとうに点か、そして回折像そのものが繰り返す

左はピーク強度が点数の2乗で伸びることを示す両対数グラフ、右は回折像が16πの周期で完全に繰り返すことを示す重ね描き
左=ピーク強度 S を点数 N で割った値が N に比例して伸びる(傾き1の直線)=S ∝ N²=ブラッグピーク。回折像はぼんやりした雲ではなく本物の点でできている。右=1周期ずらした曲線が完全に重なる(ずれの最大 4.3×10⁻¹⁰)

まず「点が点か」を確かめる。有限のパッチではどんな構造でもピークに幅があるので、絵だけでは判断できない。判定法は点数を増やしたときの伸び方である。純点スペクトル(ブラッグ)なら S ∝ N²、ぼんやりした散乱なら S ∝ N。測ると S/N² が 964点と5623点で一定(相対差 8.5% 以内)で、ピークの位置も動かなかった(最大 0.015)。位置は無限タイリングの性質で、パッチの大きさは強度だけを決めている。

ここで思わぬものが出た。Hat のタイル重心は、間隔 1/4 の三角格子に厳密に乗っている。三角格子の基底で座標を書くと、係数の分母は 1・2・4 だけで、格子点までの距離は最大 7×10⁻¹¹(世代を上げても同じ)。間隔 1/2 の格子では乗らない(最大 0.433)ので、1/4 がちょうど必要な細かさである。

これは回折側にはっきり出る。点が周期格子の部分集合なら、その逆格子ベクトル G について S(q+G) = S(q) が厳密に成り立つ。測った: 強いピーク上位40点 × G 5通りで最大差 9.4×10⁻¹¹。回折像そのものが周期的で、周期は |G| = 16π/√3 = 29.0208 である。

ここでこのギャラリーの2つの棚が向かい合う。和柄の対称群で見たとおり ペンローズは17種の壁紙群のどこにも入らない(並進の一致率は最良でも 74.9%)。Hat も同じで周期ではない。しかしHat は周期格子の上に乗っている——ペンローズは無理数比の格子から切り出すので、こういう格子を持たない。「非周期」にも二種類あって、Hat は「周期格子の上に乗った非周期」だった。回折像の1周期の中に、非周期のブラッグ点が詰まっている。

⚠️ 逆格子の基底は式から出した(b₁ = (2π·4, −2π·4/√3)、|b₁| = 16π/√3)。最初これを手で計算して 6桁目を書き間違え(29.02070 と 29.02079)、S(q+G) = S(q) が 1% ずれた。ピークが鋭いので、定数の 4×10⁻⁵ の誤りが強度の 1% の食い違いになる——解析解の定数を写し間違えた件(v1.20)と同じ轍だった。定数は手打ちしない。

★6回対称で、鏡映線が1本もない

左は回折像、右は元とその鏡映を重ねた図で藍と赤の点がずれている。下は鏡映線の向きを振ったときの一致度が0.25を超えないグラフ
右=元(藍)と、いちばん合う向きに置いた鏡映(赤)を重ねた。ほとんどの点が別々に並んでいる。下=鏡映線の向きを 0〜30° で振っても、写った先の強度は元の 0.21 止まり。同じ物差しで回転 60° は 0.99

回折像は必ず反転対称を持つ(S(−q) = S(q)、実の点集合だから。フリーデルの法則)。だから「カイラル」は「鏡映線が1本もない」という意味になる。測った値を並べる。

操作964点5623点意味
回転 60°0.98990.99246回対称
回転 120°0.99030.9859
回転 180°1.00001.0000フリーデルの法則=道具の自己検証
回転 30°0.04030.004712回・4回対称はない
回転 90°0.04110.0052
鏡映(最良の向き)0.21250.2019鏡映線が無い=カイラル

数字は「ブラッグ点を写した先で強度を直接評価して、元の強度の何割か」を強度で重みづけて平均したもの。点数を6倍にしても鏡映は 0.21 のまま動かない——有限サイズのせいではない。⚠️ 否定の主張なので探した範囲を書く: 鏡映線の向きを 0.5° 刻みで 0〜30° まで全部(61通り・6回対称があるのでこれで全周ぶん)、ピークは強い48本(S/N 115〜231)、写った先は ±0.05 の近傍の最大で評価した。

⚠️ 一度、測り方に騙された

最初は別の測り方をしていた。回折像を極座標のグリッドでサンプルして、θ だけずらした像との相関を取るという方法である。回転はうまくいった。しかし鏡映で妙なことが起きた。

θ の刻み回転 60° の相関鏡映の最良の相関
2.00°0.99240.7306
1.00°0.99140.4224
0.50°0.98850.3176
0.25°0.98920.3641
0.25°(r も細かく)0.98590.2346

回転は刻みを変えても動かないのに、鏡映は 0.23〜0.73 で3倍動く。しかも世代を上げて測ると 0.42 → 0.85 → 0.94 と1 に近づいていくように見えた。あやうく「鏡映対称がある(カイラルではない)」と書くところだった。

正体はこうだった。ブラッグピークの幅は π/R(R はパッチの半径)で、パッチを大きくすると細くなる。いっぽうグリッドの間隔は固定なので、大きいパッチではサンプル点がピークをほとんど外す。すると相関は「谷の値どうしの相関」を測ることになり、粗いほど「同じ位置に丸められて」高い値を出す。世代を上げるほど嘘が大きくなる測り方だった。

この経験から作法を1つ足した——解像度を2倍・3倍に振って、答えが動かないことを確かめる。動くなら、測っているのは答えではなく測り方である。(粗いサンプルが無理数比を「周期あり」と誤判定した件短い窓がきっちり一定に見えた件と同じ家系だが、あちらは「粗いと嘘が出る」で、こちらは「対象が細くなるので、同じ刻みが後から粗くなる」——時間とともに悪化する型である。)

直した測り方が上の表で、こちらはグリッドを持たない(写した先の位置で構造因子を直接評価する)。刻みという概念がないので、解像度で動くことがない。結論は逆転してカイラルになった。

なぜカイラルになるのか — 鏡映の帽子は 1/2 ではなく 1/(3φ²)

Hat のタイリングは鏡映した帽子を必ず含む。だから「部品は両方の手を使っているのに、全体はカイラル」という一見おかしなことになる。手がかりは割合だった。

置換規則から漸化式を作って数えると(Hat の H/T/P/F メタタイルの置換系)、鏡映した帽子の割合は

1 / (3φ²) = 1 / (1 + φ⁴) = 0.1273220038…

に収束する(漸化式を30世代回した値と、置換行列の左固有ベクトルへの射影から出した値が完全に一致)。これは 1/2 ではない。鏡像を取ると割合は 87.27% になる——もとの Hat タイリングとは統計が違う配置である。だから鏡像はもとの配置と重ね合わせようがない。部品に鏡映が入っていることと、全体が鏡映対称であることは別のことだった。

世代帽子の枚数F(2k+3)²鏡映した帽子割合
042² = 4125.000%
1255² = 25312.000%
216913² = 1692213.018%
3115634² = 115614712.716%
4792189² = 7921100912.738%
554289233² = 54289691212.7319%
6372100610² = 3721004737712.7323%
面積の拡大率 = 置換行列の最大固有値 = φ⁴ = 6.854101966212.73220%

帽子の枚数が、奇数番のフィボナッチ数の2乗にぴったり並んだ——2², 5², 13², 34², 89², 233², 610²。置換規則を実際に回した枚数(169 / 1156 / 7921)と漸化式が一致し、鏡映の枚数(22 / 147 / 1009)も一致する。ペンローズで「黄金比は二度あらわれる」(発見1)と書いたが、Hat ではφ が四乗で、枚数が平方で出てくる

⚠️ ここで言えるのは「鏡映の割合が 1/2 でないので、鏡像はもとの配置と統計が違う」までである。「だから Hat タイリングの鏡像は Hat タイリングでない」と言い切るには置換系の hull の議論が必要で、文献での扱いは確かめていない。回折像に鏡映線が無いことは測った事実、割合が 1/(3φ²) であることは計算した事実、その2つを繋ぐ説明はこちらの主張である。

★タイルの形を入れる(形状因子)——位置は動かず、重みだけが変わる

左にHatのパッチ、中に重心だけの回折像、右にタイルの形を入れた回折像。ピークの位置は同じで、形を入れると外側の強度が落ちる
左=パッチ(藍は鏡映の帽子)。中=重心だけの回折像(上と同じ)。右=13角形の形状因子を掛けた回折像。ピークの位置は同じで、|q| が大きいほど暗くなる

上の計算はタイルの重心の点集合の回折像で、タイルの形は落としていた。形を入れると、回折像は「点の配置のフーリエ変換」に「1枚のタイルのフーリエ変換=形状因子」が掛かる。多角形の指示関数のフーリエ変換は発散定理で辺の和に落ちる——F(q) = (i/|q|²) Σ (qxdy − qydx) e−iq·a g(q·d)、g(s) = (1 − e−is)/(is)。この式は自分で導き、正方形で時間と周波数の閉じた式と 10⁻¹³ で一致すること、Hat 1枚でラスタ数値積分と 0.2% 以内で一致すること(独立2経路)、F(0) = 面積 = 2√3、|F(q)| ≤ 面積、鏡像パッチの像が元の像の鏡映と厳密に一致することを検査した。

形状因子は「どのピークが明るいか」を決めるが「どこにピークがあるか」は決めない。明るい20ピークの位置は形を入れても 0.05 以内で動かない。いっぽうピーク強度の |q| への傾きは、重心だけなら −0.16(平ら)、形を入れると −2.74——1枚の形状因子の方位平均の傾き −3.06 と同じ側に落ちる。多角形のフーリエ変換は |q| の −3 乗前後で減る(辺の寄与)=発見39(角は向きを選ぶ)の Hat 版である。

⚠️測る道具に一度騙された(この作品で2度目)。形を入れた像で鏡映線の一致を探すと 0.628 と出て、「形を入れると鏡映が現れる」ように見えた。正体は円対称な包絡——強度が |q| で急に落ちるので、その円対称なぶんが回転相関も鏡映相関も水増しする。輪ごとに平均で割ってから比べると、60° 回転は 0.838 → 0.979 で残り、鏡映線の最良一致は 0.171 → 0.102 で増えない(180 方向を探した)。形を入れてもカイラルなままである。

左: 重心だけの回折像で見つけた120個のピークの強度を|q|に対して描いた両対数図。重心だけ(薄藍)は平ら、形つき(赤)は落ちる。右: 形つき÷重心の比と1枚の形状因子の方位平均
左=120 個のピークの強度(薄藍=重心だけ・赤=形つき)。右=形つき÷重心 の比(赤)と、1枚の形状因子の方位平均(○)。比は包絡に沿って落ちるが、向きごとの位相が打ち消す q では外れる

⚠️ 報道の実験は重心の位置に丸い穴を開けた膜なので、実験の形状因子は「穴の円」であって 13 角形ではない。ここで入れたのはタイルの形そのもので、実験の再現ではなく「形を入れたら何が変わるか」の計算である。膜厚・偏光は入れていない。

★自分で動かす

下の絵はこの場で計算している(あらかじめ描いた絵の切り替えではない)。上の図を作っているのと同じ 1 本のコード gallery/assets/diffraction-live.js(点集合は hat-live.js)を、記事の中で呼んでいる。置換の世代と円形窓の半径を動かすと点の数が変わり、回折像の点が細く・明るくなっていく。「鏡像のパッチ」を入れると、像も左右が入れ替わる——鏡映線がないことが目で見える。ドラッグに追いつくよう格子は 80×80・|q| ≤ 10 に小さくしてある(上の出荷図はピーク検出つき)。

点の数 N
60° 回転の相関(対数)
鏡映線の最良相関(0〜30° を走査)
判定

スライダーで決めた世代と半径の Hat パッチの回折像

半径を大きくすると点の数が増え、回折像の点は細くなる(有限の窓の幅 ∝ 1/R)。60° 回転の相関は 0.8 を超えるのに、鏡映線はどの向きで探しても 0.5 に届かない=6 回対称でカイラル。鏡像のパッチにしても 60° の相関は同じ値のまま、像だけが左右に入れ替わる。⚠️ 格子が粗いので細い点は取りこぼす(出荷図の検出は山登りで精密化している)。

報道との関係

測って出た「6回対称・鏡映線なし」は、報道の「風車状に片回りするカイラルな回折像」と同じ向きである。ただし同じものを見たわけではない。彼らは実物に光を当てて、円偏光での応答の違いまで見ている。こちらはタイル重心の点集合の構造因子を計算しただけで、膜の厚み・穴の形・偏光はどれも入っていない。それでもカイラリティは点の配置だけから出る——というのが、この計算で言えたことになる。

どう作ったか

機械検査は45件: ①帽子の枚数が F(2k+3)²(世代0〜6)・置換系を回した枚数と漸化式の一致・置換行列の固有値 φ⁴・鏡映の割合の極限を2経路(漸化式30世代と左固有ベクトルの射影) ②重心が間隔1/4の三角格子に乗る(世代3つ)・間隔1/2では乗らない対照 ③S(0) = N・S(−q) = S(q)・S(q+G) = S(q)・逆格子の直交条件 ④回転60/120°で写り合う・180°は厳密に1・30/90°は立たない・鏡映は0〜30°全部で0.32未満・点数6倍でも動かない ⑤⚠️極座標グリッド法が解像度で動くこと(回転は動かないこと)を検査として固定 ⑥S/N²が一定・ピーク位置が動かない ⑦出荷SVG3枚 ⑧記事のドラッグ版を偽DOMの上で実際に走らせる6項目(世代と半径で点の数が 25/157/362 と変わる・60° 回転の相関 0.8 超と鏡映線 0.5 未満・鏡像のパッチで 60° の相関は同じまま像だけ左右反転)・出荷SVGの生成器とドラッグ版が同じ1本(重心・円形窓・構造因子)を共有・鏡像パッチの強度マップが元のマップの左右反転と厳密一致。ドラッグ版の検査の実体は tools/diffraction-live-test.js

→ Hat タイル(親①・回折させた構造)

→ 周転円で描く角(親②・回折はフーリエ変換)

→ 和柄の対称群(対称操作を機械に探させる道具・17種に収まらない話)

→ 準結晶の上の雷(非周期格子が方向を選ぶ話)

出典

数理
構造因子 S(q) = |Σ_j exp(−i q·r_j)|²(運動学的回折の標準的な定義)。S(−q) = S(q) はフリーデルの法則。Hat タイルは D. Smith, J. S. Myers, C. S. Kaplan, C. Goodman-Strauss, "An aperiodic monotile" (2023, arXiv:2303.10798)。置換系の実装は当ギャラリーの Hat から借りている
報道
Hat タイルのナノ構造化とカイラル回折の観測(東京大学・東京科学大学・NTT, Nature Communications, 2026-08-19 報道)。報道で読んだだけで論文は未読。この作品の数値はすべて自前の計算で、論文の値との突合はしていない
こちらの主張
「重心が間隔1/4の三角格子に乗るので回折像そのものが周期的」「鏡映の割合が 1/(3φ²) なので鏡像は統計が違う」「帽子の枚数が F(2k+3)²」はこの作品で計算・検査したもので、文献での扱いは確かめていない
生成
generators/diffraction.js(タイル重心・円形パッチ・格子適合・構造因子・ブラッグ点の検出と精密化・グリッドに依存しない対称性の測定・置換の代数・図3枚。依存ゼロ・乱数ゼロ。generators/hat.js から置換系を借りている)