大きいタイルを小さいタイルに分ける規則を、論文の図そのものから測って数に落とした。
イスファハーンのダルベ・イマーム廟(1453 年)の壁には、同じ形の模様が大小 2 つの尺度で重なって入っている。太い線で描かれた大きい模様と、小さいタイルで敷き詰められた細かい模様である。Lu と Steinhardt は 2007 年の論文で、この 2 つが「大きいギリタイルを小さいギリタイルに分ける規則」で結ばれていることを示し、その規則を図(Fig. 3 の D と E)で描いた。
ところが本文には数値がひとつも書かれていない。拡大率も、1 枚あたりの枚数も、辺がどう割れるかも、図を見て読み取るしかない。ここではその図そのものから測った。
前の号で「大タイルの辺を小タイルの辺で過不足なく覆う分割は、整数でない拡大率には存在しない」ところまで確かめてある。だから Darb-i Imam の規則は必ずタイルが辺をまたぐ。またぐならどうまたぐのか、が残った問いだった。
論文の図は、写真のパネル以外ベクタで描かれている。だから画素を目で読む必要はなく、PDF の描画パスをそのまま取り出せば「塗りの色=タイルの種類」「頂点の列=形」が手に入る。
ただし測った座標を「いちばん近い格子点」に丸めることはできない。ギリタイルの頂点が住む環 Z[ζ₁₀](36° 回転 ζ の整数係数の和)は平面の中で稠密で、どんな点のいくらでも近くに環の元があるからである。そこで単位辺をたどって厳密な座標を伝播させた。種の頂点に 0 を置き、長さ 1 で向きが 36° の倍数の辺を通るたびに ζ の冪を足していく。別の道で同じ頂点に着いたとき値が食い違えば、その場で分かる。
食い違いは 0 だった(大十角形の 480 頂点・大蝶ネクタイの 90 頂点)。これは座標を得る手続きであると同時に、図の配置が本当にギリタイルの格子に載っていることの確かめにもなっている。
罠が 1 つ。大蝶ネクタイのパネルは、中央の小さい十角形が同じ位置に 3 重に描かれている。潰さずに面積を足すと 16% 過大になり、「タイルが大タイルからはみ出している」という偽の結論が出る。面積の帳簿が合わないときは、まず重心の一致で重複を疑う。
大タイルの辺の長さは、小タイルの辺を 1 として 2φ³ ≈ 8.4721 だった(実測 8.4710 と 8.4712)。大十角形でも大蝶ネクタイでも同じ値である。
またぎ方は予想と違った。作業前は「大タイルの頂点を中心に小さい十角形が乗る」と思っていたが、そうではない。どの辺も φ² | 2φ | φ² の 3 つに割れ、真ん中の 2φ の区間に小さい十角形が長い対角線(2φ)を辺に重ねて半分だけ乗り、その両側の φ² の区間に小さい六角形が長軸(φ²)を辺に重ねて半分だけ乗る。頂点にはタイルの中心が来ない。そして φ² + 2φ + φ² = 2φ³ は Z[φ] の恒等式(φ³ = φ + φ² だから)で、これが拡大率をそのまま決めている。
前の号の続きで、大きい蝶ネクタイの 216° の頂点 2 つの距離から「頂点に十角形を置くなら σ ≥ 2φ³ が要る」という下限を出していた。測った値はその等号ちょうどだった。ただし理由は違う。頂点に十角形が来るからではなく、辺が φ² と 2φ と φ² で覆われるからである。
枚数は、辺で切られる半分を 1/2 と数えて(隣の大タイルと分け合うから)、大十角形 → 十角形 36・六角形 80・蝶ネクタイ 80、大蝶ネクタイ → 6・14・14 だった。
蝶ネクタイの面積を 1 とすると、六角形は φ、十角形は 3φ+1 である。すると帳簿は
36×(3φ+1) + 80×φ + 80×1 = 520 + 840φ = σ²×(3φ+1) / 6×(3φ+1) + 14×φ + 14×1 = 88 + 144φ = σ²×1
となり、どちらも Z[φ] の中で厳密に一致する(σ² = 4φ⁶ = 20+32φ)。近似ではなく、この枚数でなければならない。単位辺の使われ方も数えた。中の辺は 2 枚に、外へ出る辺は 1 枚に使われ、3 枚に使われる辺は 1 本もない=重なりがない。
論文の本文は「この分割を繰り返すと、六角形と蝶ネクタイの数の比が黄金比 φ に近づき、それが準周期であることの証拠になる」と書いている。ところが測った 2 つの規則は、どちらも六角形 : 蝶ネクタイ = 1 : 1 である(80 : 80 と 14 : 14)。この 2 つをどう混ぜても比は 1 のままで、φ にはならない。
六角形を分ける規則があれば話は変わる。しかし六角形の規則は本文にも Supporting Online Material(19 ページ・図 S1 から S8)にもない。載っているのは大十角形と大蝶ネクタイの 2 つだけである。ないなら論文の流儀のまま自分で探す、を次の号でやった(589 通りから頂点図鑑で 1 つ・やはり 1 : 1)。
しかも、仮に足しても比を φ にはできない。置換行列の最大固有値は面積の拡大率 σ² に等しくなければならず(面積の列が左固有ベクトルになる)、六角形の規則が作る六角形の枚数 h と蝶ネクタイの枚数 b について、比が φ になる条件は
h − b = σ²(1 − 1/φ) = 4φ⁴ = 8 + 12φ ≈ 27.4164
である。右辺は無理数なので、枚数(整数・半分を数えても半整数)では作れない。
第 2 の経路として、実際の模様のほうも数えた。論文の Fig. 3B は廟のスパンドレルの小模様を 231 枚のギリタイルで再現した図で、同じやり方で面積換算の枚数を出すと六角形 89.2 : 蝶ネクタイ 87.3 = 1.021。やはり 1 であって φ(1.618)ではない。
ここで分かるのは「合わない」ということまでである。論文のどこから φ が出てくるのかは分かっていない。この模様が準周期であるという主張そのものを否定しているのでもない(論文自身、この敷き詰めが厳密には自己相似でないと断っている)。測ったのは「載っている 2 つの規則が与える比は 1 である」という 1 点で、そこから先は開いたままにしてある。
tools/explore/darb-figure-trace.py が論文 PDF のベクタ図から座標を起こし(塗りの色でタイルを分け、重なったパスを重心で潰し、単位辺をたどって Z[ζ₁₀] の厳密座標に載せる)、generators/data/darb/rule.json にタイルの種類・始点・最初の辺の向きを書き出す。generators/darb-rule.js がそれを環の上で組み直し、輪郭を復元して測る。
輪郭は「またぐ十角形の対角線の両端から、六角形の長軸がまっすぐ外へ伸びている」という形から組み立てた。中にある十角形の対角線もたまたま同じ形をしていて候補に挙がる(大十角形で 25 本)ので、「少し外へ出るとタイルが 1 枚もない」ことで本物の辺だけを残す(この図は大タイル 1 枚ぶんの分割しか描いていない)。大蝶ネクタイは凹んでいるので、「中心から遠い順に 6 個」では頂点を拾えない(凹んだ 2 つの頂点は中心に近い)。
2 つの規則とも、タイルはすべて閉じた正しいギリタイルで、単位辺を 3 枚以上で使うところはなく、重なりはない。輪郭は 10 頂点と 6 頂点で、辺の長さはすべて 2φ³ になる。