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江戸小紋三役と格子の向き

角通しと行儀は、同じ正方格子を 0° と 45° に置いた模様で、対称群も鏡の向きの集合も同じだった。向きの違いが出るのは、隣の点がどの鏡の上に並ぶかと、回折の山の向きである。格子をほかの角度に回すと、着物の縦軸に鏡を持てず、型を送ったときの継ぎ目も長い送りでしか消えない。鮫は格子ではないが並進対称を持ち、細かい目の回折は 12 の向きすべてに散った。

藍地に白い点の角通し・行儀・鮫の 3 枚の見本と、その下にそれぞれの回折像の円盤
上は同じ点密度にそろえた角通し・行儀・鮫、下はそれぞれの回折像(点の大きさを入れた強さ)。角通しの山は縦横に、行儀の山は斜めに並ぶ。鮫の細かい目の山は 2 方向に集まらず、六角形の輪に散る。

なにか

江戸小紋は、遠目には無地に見え、近づくと細かい模様が出る型染めの着物である。鮫・行儀・通し(角通し)の 3 つは「江戸小紋三役」と呼ばれる(伝統工芸 青山スクエアの東京染小紋の頁にある、染め師 小林義一の話)。将軍や大名は自分専用の模様を定めて「留柄」「定め紋」と呼び、鮫小紋は島津家のものとされた(平凡社『世界大百科事典』の「小紋」の項)。角通しは点が縦横にまっすぐ並び、行儀は点が斜めに並び、鮫は点が重なった扇の弧に沿って並ぶ。型紙を反物の長さ方向に送りながら繰り返し染め、継ぎ目は、型の端にある「送り星」という小さな点どうしを合わせてつなぐ(同じ青山スクエアの頁)。行儀と通しがどの家の留柄だったかは、権威のある資料では確かめられなかった。

模型はこう決めた。角通しは間隔 a の正方格子で、向きは 0°。行儀は同じ格子を 45° 回したもので、点の密度は角通しと同じになる。鮫は青海波と同じ扇の並び(半径 1 の扇を横に 2、段を 1/2 ずつ上げて千鳥に置き、手前の段が奥の段を隠す)にした。扇の中に半径 s から 6s までの 6 本の弧を引き、弧長 s ごとに縦軸について対称に点を置く。手前の扇の縁から s/2 以内の点は隠して、縁で点が重ならないようにした。鮫の点密度は 1 周期に 36 点で、間隔 s の正方格子と同じ密度になる。

格子の向き

対称の測定、格子の向きと型送りのグラフ、30° の継ぎ目のずれ、いちばん近い点と回折の向きのバラ図、遠目の距離の表
上から、3 つの模様の対称の測定、格子の向き θ と継ぎ目の消える最短の型送り、30° の格子を送ったときの継ぎ目のずれ、いちばん近い点の向きと細かい目の回折の強さ、実物で測った点の周期と遠目で模様が消える距離を並べた。

点の集合に回転と鏡を総当たりで当てると、角通しも行儀も 4 回回転を持ち、鏡は 0°・45°・90°・135° の 4 本で、群は p4m になる。行儀は角通しを 45° 回したものなので、鏡の向きの集合まで角通しと同じである。違うのはいちばん近い点が乗る鏡で、角通しでは 0° と 90°、行儀では 45° と 135° になる。回折の 1 次の山も同じ向きに立ち、大きさはどちらも 2π/a で、有限の点の構造因子で測った山の位置は式と 6 桁で一致した。

格子を 0° から 90° まで回して、着物の縦軸(90°)に鏡を持つかを 191 の向きで調べると、鏡を持つのは 0°・45°・90° だけだった。鏡の向きは格子の向き θ に 45° の倍数を足したものなので、90° を含むのはこの 3 つに限られる。ほかの向きでは、左右を映した模様が向き −θ の別の模様になる。

型を反物の長さ方向に L だけ送って継ぎ目が消えるには、(L, 0)が格子のベクトルでなければならない。tan θ が既約分数 q/p のとき、いちばん短い送りは a√(p² + q²)で、これは整数ベクトルの総当たりと 7 つの向きで一致した。送り 2a 以下で継ぎ目が消える向きは 0°(送り a)と 45°(送り √2a)だけで、次は 26.57° の √5a だが、この向きは縦の鏡を持たない。

tan 30° = 1/√3 は無理数なので、30° の格子はどこまで送っても格子の点に戻らない。送り 1000a までで継ぎ目のずれがいちばん小さいのは送り 418a のときで、ずれは 0.00069a だった。ずれが最小を更新する送りの格子ベクトル (i, j)は、i/|j| が 2/1・5/3・7/4・19/11・26/15・71/41・97/56・265/153・362/209 と √3 の近似分数になる。i² − 3j² は 1 か −2 で、ずれと送りの積は 1/(2√3)か 1/√3 に寄る。送りを 10 倍に伸ばしても、ずれは 10 分の 1 にしかならない。

鮫は格子か

鮫の点の集合は、回転を持たず、鏡は縦の 1 本だけだった。並進でいちばん短いのは (0, 1)で、次が (±1, 1/2)である。1 周期に点が 36 個あるので格子ではないが、並進対称は持つので壁紙群に入り、群は青海波と同じ cm になる。

向きは格子と大きく違う。各点からいちばん近い点への向きを 15° の箱 12 個に入れると、角通しと行儀は 2 個ずつしか埋まらないのに、鮫は 10 個に散り、空いたのは 75° と 105° だけだった。扇の弧に沿って隣の点の向きが少しずつ回るためである。回折も同じ傾向になる。点の間隔に当たる細かい目の帯では、格子の山が 2 方向に集まる。鮫は 12 の向きすべてに山があり、強さは平均の濃さを 1 として 0.16 から 0.57 のあいだに入った。

扇の大きさの目(周期 0.5 以上)の山もあるが、強さは最大 0.053 で、点の目の 1 割に満たない。有限の 7094 点で測った構造因子と、1 周期 36 点の和で出した強さは 0.0241 と 0.0240 で一致した。弧の本数を 4 本から 8 本に振ると、扇の目は 0.065 から 0.050 へ弱まり、どれも 0.07 を超えなかった。

遠目で無地になる距離

視力 1.0 は、ランドルト環の切れ目が視角 1 分のときに見分けられる視力である(日本眼科学会「成人の視力検査および眼鏡処方に関する手引き」、日眼会誌 129 (2025) p.153)。ここでは、いちばん粗い縞の半周期が 1 分角を割る距離 D* = d/(2 tan 1′)で模様が消えると置いた。点の周期 d が 1mm なら D* は 1.72m になる。模型では角通しと行儀の点密度をそろえたので、縞の周期も消える距離も同じになり、格子の向きは遠目の消え方に出ない。

実物の点の周期は、東京国立博物館の公開画像(ColBase)で測った。寸法の記録(法量)がある裃 2 領では、全身写真の寸法から 1cm あたりの画素数を出し、家紋の径の比で詳細写真へ移した。これとは別に、全身写真にも点が写っているので、全身写真の周期を直接割った値も出した。鮫小紋(19 世紀・木綿)は家紋経由で 1.31〜1.39mm、直接で 1.29〜1.48mm だった。大小霰(19 世紀・麻)は同じ順に 1.85〜1.98mm と 1.84〜2.04mm で、どちらの裃でも 2 つの経路の値は重なった。家紋の径はどちらの裃でも 4.2〜4.7cm に入った。消える距離は、鮫で 2.25〜2.39m、大小霰で 3.18〜3.40m になる。

通し小紋(角通し)の裃 2 領には法量が無いので、上の 2 領の肩衣の幅 70.8〜74cm を借りた。周期は 1.48〜1.61mm と 1.67〜1.85mm で、消える距離は 2.54〜3.18m になる。この 2 領の値は、借りた物差しによる参考値である。

行儀の実物で、物差しになる寸法の記録があるものは見つからなかった。代わりに、小宮康助が 1952 年に作った「江戸小紋技術記録」の同じ頁に、通し小紋と行儀小紋の見本が並べて貼ってある。見本には物差しが無いので、比だけを測った。行儀の点の間隔は通しの 1.46 倍(いちばん近い点で 1.457、フーリエの山で 1.456)で、点 1 つの面積は 1.95 倍、点の密度は 2.07 分の 1 だった。点が布を覆う割合は 0.27 と 0.26 でほぼ変わらない。この見本の行儀は、模型のように通しと同じ密度ではなく、点を半分に減らして大きくし、遠目の濃さをそろえた形になっている。同じ比を裃の通し小紋に掛けると、行儀が消える距離は 3.71〜4.64m と見積もれる。

模型の鮫では、扇の目の周期が点の周期の 6 倍あるので、点が消える距離の 6 倍まで扇の目は残る計算になる。測った鮫の周期に掛けると 13.5〜14.3m だが、実物の扇の大きさは測っていない。扇の目の濃さは点の目の 1 割未満で、この置き方は濃さの違いも見ていない。

数字を出す前の見立ては 3 つだった。「行儀と角通しは対称群が違う」は外れで、群も鏡の向きの集合も同じだった。「鮫は格子ではない」は当たり、並進対称を持つところまで確かめた。「鮫の回折は輪になる」は半分当たりで、12 の向きすべてに山はあるが、強さは 0.16 から 0.57 までむらがあり、図の上では円より六角形に近い。途中で、鮫の 1 周期の点の数が弧の本数 K の 2 乗(16・25・36・49・64)にちょうどなることに気づいたが、K = 10 で 104 になり、偶然の一致だった。

→ 和柄の対称群(青海波は cm・麻の葉は p6m)

→ モアレ01 差の波(ずれた縞の重なり)

→ Hat の回折像(構造因子で山を探す)

→ 畳の敷き方

どう作ったか

生成器は generators/komon.js で、点の集合を作り、対称の判定は和柄の対称群の isSymmetry を使って、回転の位数と 1° 刻みの鏡を候補の中心で総当たりした。縦の鏡は 0.5° 刻みの 181 向きと有理角 10 向きで点集合を調べ、式 θ + k·45° と突き合わせた。型送りは整数ベクトルの総当たりと式 a√(p² + q²)の両方で出し、30° の継ぎ目は送りを伸ばしながらずれの最小を更新し、√3 の連分数とペル方程式で確かめた。回折の強さは、格子では有限の点の構造因子の山を探し、鮫では 1 周期の点の和を逆格子の上で計算して、有限の点の構造因子でも測った。回折像の円盤だけは、円い点の形の因子 2J₁(x)/x を掛けている。依存も乱数も使っていない。

確かめていないこと。行儀と通しがどの大名家の留柄だったかと、型を送ってつなぐ細かな手順は確かめていない。点の周期は裃 4 領の写真と技術記録の見本で測ったが、写真の上の寸法の端や家紋の縁の座標は人の目で読み、法量をどこからどこまで測ったかは記録に書かれていない。通し小紋の 2 領は借りた物差しによる参考値で、行儀は見本の比から出した見積もりである。技術記録の見本が型紙の原寸の摺りか、写真で拡大したものかも確かめていない。遠目の距離は半周期と視力の定義だけで出していて、斜めの向きは縦横より見分けにくい(斜め効果。Appelle 1972 の総説の要旨は、多くの知覚の課題で水平と垂直の向きのほうが成績がよいとまとめている)が、その差は入れていない。鮫の模型の扇の半径・弧の本数・縁の隠し方は自分で決めたもので、実物の鮫の点の並びとは周期しか比べていない。布の織り目と型の格子の重なり(モアレ)も扱っていない。

出典

身近
江戸小紋の三役(鮫・行儀・角通し)、定め小紋、型紙と送り星(名前と説明は青山スクエアの頁と世界大百科事典。点の並びはここで決めた模型)
数理
壁紙群の分類: E. S. Fedorov (1891)・G. Pólya (1924)(テーベの墓の天井の出典欄のとおり、原論文は開いていない)。判定は既存の和柄の検査機(wagara-live.js)を使った。格子と逆格子・構造因子: 運動学的回折の標準的な定義。√3 の連分数とペル方程式: 送りの総当たりの結果と機械で突き合わせた。視力 1.0 と 1 分角: 日本眼科学会の手引き(2025)。円い点の形の因子 2J₁(x)/x: J₁ の積分表示から計算し、既知の値と一致
親戚
和柄の対称群・家紋の対称群・畳の敷き方・モアレ01 差の波・Hat の回折像
実物
東京国立博物館蔵。出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)。裃 浅葱木綿地鮫小紋(I-4035)・裃 浅葱麻地大小霰小紋(I-4127)・裃 浅葱麻地通し小紋(I-1298・I-1202)・小宮康助「江戸小紋技術記録」(I-4136・1952)。写真は載せず、点の周期だけを取り出した(tools/explore/komon-measure.py)
生成
generators/komon.js(komon.svg 3 つの見本と回折像・komon-book.svg 帳簿。依存ゼロ・乱数ゼロ)