かけ算第51号|オオウチ錯視と引き伸ばした市松 × 雷文を色の帯にしてトンネルへ巻く
オオウチ図形をトンネルへ巻く
オオウチ図形の長方形の市松を、雷文のトンネルと同じ複素対数で中心へ巻いた。巻いても升の縦横比はどこでも同じで、どの升の形も互いに相似になる。それでも錯視の模型で測った偏りの強さは場所ごとに違った。長方形が目のぼけに比べて小さすぎる中心と大きすぎる外側では弱く、その間の輪で強い。長方形の向きが場所ごとに回るので、円を置かなくても、巻いた市松だけで場所ごとに動きの見積もりが違う。揺れへの見積もりのずれは、1 周するあいだに 2 回まわった。渦の形にはならなかった。
なにか
オオウチ図形は、横長の長方形の市松の地に、長方形を 90° 回した市松で埋めた円を置いた図形である。止まった絵なのに、目や紙の小さな揺れで円が地から浮いて滑って見える。オオウチ錯視の記事では、Fermüller・Pless・Aloimonos(2000)の模型で、内と外の動きの見積もりがどれだけずれるかを数で出した。
雷文のトンネル(第44号)は、平らな周期模様を ξ = A·log z で写して、中心へ吸い込まれる絵にした。z は絵の点で、トンネルの中心を 0 に置く。A = ω/(2πi) と置くと、絵の上で中心のまわりを 1 周したとき、模様の上ではちょうど ω だけ進む。ω を模様の周期に選べば絵に継ぎ目は出ない。この号では、オオウチ図形の市松をこの写し方で巻いた。長方形は短い辺 1・長い辺 4 にした。円の中の 90° 回した市松でも ω が周期になるよう、ω は (8a, 8b) の形に限った。2 つの市松の周期の格子の、共通部分がこの形になる。
見立ては 3 つ置いた。1 つ目は「巻く写像は等角なので長方形の縦横比は場所によらず保たれ、だから偏りの強さも巻く前と同じになる」。2 つ目は「中心ほど長方形が小さくなるので、中心ほど偏りが消える」。3 つ目は「円の中と外の向きの差(90°)は、巻いたあと回転(渦)に変わる」。
升の形はどこでも相似
dξ = (A/z) dz なので、絵の点 z = r·e^{iθ} では、模様は r/|A| 倍に縮められ、長い辺は θ − arg A の向きを向く。模様の上で ξ を平行に動かすことは、絵の上では z を回して拡大することにあたる。だから、どの升の像も互いに相似になる。縦横比が場所によらないのは近似ではなく、厳密に成り立つ。
ただし、像の縦横比はちょうど 4 ではない。升の 2 本の中線(長さ 4 と 1)の像の長さを式にすると、比は L·sinhc(L k_x/2)/(w·sinhc(w k_y/2)) になった。k_x = Re(1/A)、k_y = −Im(1/A)、sinhc(u) = sinh(u)/u である。1 周に短い辺が 512 並ぶ ω = (32, 512) では 4.000398、カードの ω = (16, 96) では 4.010804 だった。離れた 5 つの升で像の中線を折れ線でたどると、比のばらつきは 1.0×10⁻¹³ と 6.1×10⁻¹⁴ で、式と 3×10⁻¹¹ 以内で合った。
偏りの強さは長方形の大きさで決まる
ところが、偏りの強さは巻く前と同じにはならなかった。1 つ目の見立ては、縦横比の半分だけが当たった。オオウチ錯視の記事と同じく、目のぼけを幅 1 のガウス、勾配のノイズの分散を 0.02 と置き、長さは目のぼけの幅を単位にした。すると、長い辺に沿った動きの縮み s_長 と長い辺を横切る動きの縮み s_短 の差 D = s_短 − s_長 は、縦横比だけでなく長方形の大きさにもよる。巻いた絵の点 r では、短い辺の長さは w_pic = r/|A| になる。D は w_pic だけで決まり、トンネルの巻き方は r と w_pic の対応だけを決める。
D の山は w_pic = 2.41 にあり、D = 0.5286 になった。平らなオオウチ図形(w = 4)の 0.4663 と同じ値になるのは、w_pic = 4 と、山の手前の 1.89 の 2 か所だけである。w_pic が 1.095 を下回ると D は 0.01 より小さく、長方形は目のぼけで灰色に溶ける。山の半分以上の強さが出るのは 1.54〜21.1 の範囲だった。2 つ目の見立ては当たった。ただ、見立てになかったこともある。外側でも長方形が大きくなるほど縁の数が減り、D はゆっくり小さくなった。強い所は中心と外の間の輪になる。
閉じた式は、窓が長い極限での 1 次元の平均の積である。これとは別に、巻いた絵を画素で描いて窓で測った。1 周に短い辺が 512 並ぶトンネル(|A| = 81.65)を使い、窓の中で大きさがあまり変わらないようにした。窓はガウスで幅 2·L_pic、刻みは 0.5 で、2 × 2 の副標本で描いてから目のぼけでぼかした。比べとして、同じ点で巻く写像を相似変換に置き換えた平らな市松(1 次近似)も同じやり方で測った。w_pic = 1.5〜6 の 10 点で、巻いた絵の D は閉じた式と最大 0.0647 違った。長い辺の向きは θ − arg A と最大 0.89° の差で合った。
巻いた絵から 1 次近似を引くと、w_pic が 2 以上では −0.0185〜−0.0089 で、どれも負だった。w_pic = 1.5 では +0.0223 と +0.0280 で正になった。最初の版では符号が変わる理由を確かめておらず、D の曲線の曲がる向き(2 階微分の符号)で説明しようとした。2 階微分は w_pic = 1.5〜3 で負、4 と 6 で正で、差の符号とは揃わなかった。
(2026-09-25 追記)理由を調べた。数字を出す前に置いた見立ては次のとおり。窓の中では、巻いた絵の縮尺 ln r と向き θ が点ごとに少しずつずれる。どちらも調和関数なので、窓で平均すると中心の値に戻り、ばらつきの分散は s² = (σw/r)² = (8/|A|)² になる。|A| = 81.65 では s² = 0.0096 で、w_pic によらない。M は窓で平均してから縮みに通すので、差は s² に比例する 2 つの項に分かれる。向きのばらつきは長い辺と短い辺の向きの勾配を混ぜるので、この項はいつも負になる。縮尺のばらつきは M の成分を ln w_pic での 2 階微分の分だけ動かすので、この項の符号は M の曲がり方で決まる。
2 つの項を閉じた式から出すと、w_pic = 1.5 では縮尺の項 +0.0282 と向きの項 −0.0046 で合計 +0.0236 になった。w_pic = 2・3・4・6 では向きの項が勝ち、合計は −0.0147・−0.0179・−0.0136・−0.0094 だった。画素で測った差の 2 点の平均は +0.0252・−0.0141・−0.0175・−0.0138・−0.0091 で、式との差は最大 0.0016 だった。符号が変わる所は、式では w_pic = 1.74 になる。画素では 1.8 で +0.0016 と −0.0005 に分かれ、1.9 では 2 点とも負だった。トンネルを 2 倍に細かくすると(ω = (64, 1024))、s² は 4 分の 1 の 0.0024 になる。w_pic = 3 の差も −0.0049 と −0.0044 に縮んだ(式 −0.0045)。見立ては当たった。D の 2 階微分で揃わなかったのは、平均するのが D ではなく M だからである。D の 2 階微分には縮みの曲がりの項が入るが、M を平均した差には入らない。そのうえ向きの項は D の曲線からは出てこない。w_pic = 1 では差の符号が θ で分かれる(+0.0027 と −0.0080)ので、比べていない。
見積もりのずれは 1 周で 2 回まわる
w_pic = 3 の輪の上に 15° ごとの 24 点を取り、同じく画素で測った。一様に横へ揺らしたときの見積もり S u0 から、輪の上の平均を引いたものを「ずれ」と呼ぶ。φ = θ − arg A(arg A = −3.58°)と置くと、式ではずれは −(D/2)(cos 2φ, sin 2φ) になる。測った長い辺の向きは θ − arg A と最大 0.69° の差だった。ずれの大きさは 0.2371〜0.2544 で、式の D/2 = 0.2547 に近い。ずれの向きは式と最大 1.60° の差で、1 周するあいだにずれの向きがまわる回数は、測って 2.000、式でも 2.000 になった。
3 つ目の見立ては外れた。回転の渦なら、ずれはいつも輪に沿い、1 周で 1 回まわる。測ったずれの輪に沿う成分(向きの余弦の絶対値)は 0.133〜0.992 と大きくばらついた。向きが 2 倍の速さで回るのは、見積もりの縮み S が向き φ で決まる対称行列で、φ を 180° 回すと元に戻るからである。
円を置かなくても、巻いた市松だけで場所ごとに見積もりが違う。長方形の向きが Δθ だけ違う 2 点の差は D·|sin Δθ| になる。これはオオウチ錯視の記事で、内の長方形を φ だけ回したときに出した式と同じである。中心を挟んで向かい合う 2 点は向きが 180° 違うので差は 0、90° 離れた 2 点ではオオウチ図形の円と同じ D になる。カードのように円の中を 90° 回すと、円の縁ではどこでも差が D になる。その D の値は、円を置いた輪の w_pic で決まる。
機械で分かる範囲と、目でしか分からない範囲
機械で確かめたのは、升の像が相似になることと縦横比の式、置いた模型の中での偏りの差 D と長方形の大きさの関係、画素で測った値と閉じた式の突き合わせ、ずれの向きが 1 周で 2 回まわることである。絵がアニメーションを含まない静止画であることも調べた。
巻いた図形で円が本当に滑って見えるか、強く見える輪がどこにあるかは、人の目でしか分からない。w_pic は目のぼけの幅を単位にしているので、画面の大きさや見る距離が変われば、同じ絵でも強い輪の場所は動く。
どう作ったか
生成器は generators/ouchi-tunnel.js で、偏りの閉じた式はオオウチ錯視の生成器(generators/ouchi.js)の 1 次元の平均の積をそのまま呼んだ。画素の測りは、点のまわりを刻み 0.5 で描き、分離できるガウスでぼかし、中心差分の勾配をガウスの窓で積んだ。カードと帳簿の絵は、1 画素を 3 × 3 に分けて墨の数を数え、地と墨を 10 段で混ぜた色で塗った。
確かめていないこと。人の目で滑って見えるか、どの輪で強く見えるかは確かめていない。目のぼけの幅、勾配のノイズの大きさ、窓の大きさは自分で置いた値である(オオウチ錯視の記事と同じ)。中心を見つめたときに周辺でぼけが広がる効果(第47号・第49号の標本)は入れていない。巻いた絵と 1 次近似の差の見積もりは s² の 1 次までで、符号が変わる所の式(1.74)と画素(1.8 前後)のずれの理由は確かめていない。Fermüller らの模型にある、内と外を別の動きとして切り分ける段は計算していない。
出典
- 模型
- C. Fermüller, R. Pless, Y. Aloimonos, "The Ouchi illusion as an artifact of biased flow estimation", Vision Research 40 (2000) 77–96。縮み S = (M + Nσ²I)⁻¹M の模型はオオウチ錯視の記事で著者の PDF を読んで使ったもので、この号では新しく開いていない
- 数理
- 升の像が相似になること、縦横比の sinhc の式、w_pic = r/|A|、ずれ −(D/2)(cos 2φ, sin 2φ) と 1 周で 2 回まわることは自分で導き、数値で確かめた
- 親戚
- オオウチ錯視と引き伸ばした市松・雷文を色の帯にしてトンネルへ巻く・和柄を版画画廊の写し方で巻く・オオウチ図形を 4 段の明るさで塗る
- 生成
- generators/ouchi-tunnel.js(ouchi-tunnel.svg 巻いたオオウチ図形・ouchi-tunnel-book.svg 帳簿)