かけ算第28号|回折の動物園 × 切り出し射影
1 に届かない、いくらでも近づく
「完全コヒーレンス max S(q)/N が 1 なら格子に乗る」という物差しを作ったのがかけ算第19号だった。以来ずっと、1 に届かない側の値(ペンローズ 0.48・ダルベ 0.83)には意味づけをせずに来た。今回それを開けたら、あの数字は点集合の性質ではなく、どこまで遠くを見たかの目盛りだった。遠くまで見ればいくらでも 1 に近づく。近づき方を決めているのは連分数である。
なにをかけたか
回折の動物園で使った物差しは、S(q)/N = |⟨eiq·x⟩|²、つまり全点の位相をそろえて足したときの長さである。1 になるのは全点の位相がぴたり揃うとき=点が q に直交する格子縞に乗るときで、独立な 2 本が見つかれば点集合全体が格子に乗る。Hat は 1.000000 に達し、ペンローズは 0.48 で止まった。
もう一方は切り出し射影(cut and project)である。高い次元の格子 L を用意し、各点 v を実空間 x = π(v) と垂直空間 x⊥ = π⊥(v) に落とす。x⊥ が窓 W に入る点だけを採ると準周期の点集合になる。フィボナッチ・ワードの縞もアンマン–ビーンカーもこの作り方で書ける。
この 2 つが噛み合うのは、切り出し射影ならコヒーレンスが厳密に書けるからである。加群の点 q には相棒 q⊥ がいて、どの格子点でも q·x + q⊥·x⊥ が 2π の整数倍になる。だから点ごとに
ei q·x = e−i q⊥·x⊥
が成り立つ。近似ではなく恒等式である(実装では加群 40 点で 2.5×10−16 まで一致した)。つまりコヒーレンスとは「窓の中に散らばった x⊥ を q⊥ で見たときの平均位相」で、|q⊥| が小さいほど 1 に近い。そして加群は垂直空間で稠密なので、|q⊥| はいくらでも小さくできる。ただし小さくするほど相棒の |q| は遠のく。
階段はフィボナッチ数で上がる
1 次元のフィボナッチ鎖なら全部が手で書ける。窓は 0 以上 1 未満の区間なので、そのフーリエ変換は sinc になり、振幅は sinc(π(hφ − k)/√5)²。hφ がどれだけ整数 k に近いかだけで決まる。20,000 点の直接和と突き合わせると 11 点すべてで 1.6×10−5 まで一致した。
φ を最もよく近似する分数は連分数の近似分数、つまり隣り合うフィボナッチ数の比である。だから走査の半径 Q を広げていったときの C(Q) はフィボナッチ数のところでだけ段を上がる。19 段を数えて、段の h がフィボナッチ数でないものは 1 つも無かった。段は 0.1127 → 0.7726 → 0.9639 → 0.9947 → 0.9992 …… と上がり続け、どの段も 1 には届かない。
近づき方にも数がつく。最良近似の |hφ − k| はおよそ 1/(√5 h) で、そのとき q はおよそ 2πh。代入すると (1 − C)·Q² → 4π⁴/75 = 5.195152。実測は最後の 4 段で 5.195150・5.195151・5.195151・5.195151 だった。1 に届かないが、1 − C は走査の半径の 2 乗で 0 に落ちる。
2 次元では銀比が同じ役をする
アンマン–ビーンカーを Z⁴ から切り出して同じことをした。窓は正八角形(単位立方体の垂直空間への像)で、点集合の最近接距離は細い菱形の短対角 2sin(22.5°) = 0.7653669 と出る。
階段は 8 段で、Q = 44.2 までに C = 0.9811 に達した。段の Q の比は 2cos(22.5°) = 1.847759 と 1/(2sin(22.5°)) = 1.306563 の 2 値しか取らない。掛けると 1 + √2 = 2.414214、銀比である。フィボナッチ鎖で黄金比が果たしていた役を、こちらでは銀比が果たす。
1 次元の「最良近似は |hφ − k|·h が 1/√5 に近づく」に当たるものもある。階段に乗る点では |q|·|q⊥| が π²·{1, √2, 2} の 3 値しか取らない。遠さと近さの積が量子化されている、という言い方になる。
そして 1 − C は |q⊥|² に比例し、比例係数は窓の 2 次モーメント σ²だった(点集合から測ると 0.3818、最後の 3 段で 0.3646・0.3716・0.3788)。窓が大きいほど 1 に近づきにくい。ペンローズとダルベで値が違った理由も、結局はここに帰る。
0.48 と 0.83 を測り直す
では発見79 の数字はどうだったのか。同じ点集合(1,300 点)を、走査の半径だけ変えて測り直した。
| 点集合 | Q ≤ 30 | Q ≤ 60 | Q ≤ 120 | Q ≤ 240 |
|---|---|---|---|---|
| ペンローズ | 0.4862 | 0.7628 | 0.9529 | 0.9588 |
| ダルベ(十角形の種) | 0.8318 | 0.9698 | 0.9698 | 0.9698 |
| 三角格子(対照) | 1.0000 | 1.0000 | 1.0000 | 1.0000 |
走査を 4 倍にするだけで、ペンローズは 0.48 から 0.95 に、ダルベは 0.83 から 0.97 に上がる。格子は最初の逆格子点で 1.0000 に達し、そこから動かない。「1 に到達するか、しないか」だけが点集合の性質で、届かない側の値は走査の目盛りだった。発見79 で「主張は 1 に届かないまでにとどめた」と書いたのは、結果として正しかったことになる。
この 2 つの数字は、最強のピークから当てた基底で加群を作っている。本物の加群より粗いので、頭打ちの 0.96 や 0.97 という値そのものは道具の限界を含む。ここで読むのは「上がる」ことだけである。厳密に 1 へ近づくことは、加群が式で書けるフィボナッチ鎖とアンマン–ビーンカーの側で示した。
どう作ったか
- 点集合
generators/coherence.js。フィボナッチ鎖は Z² を φ の直線に射影して窓 [0,1)、アンマン–ビーンカーは Z⁴ を 45° 刻みの 4 本で射影して窓は正八角形。八角形の判定は支持関数 h(θ) = (1/2)Σ|cos(θ − 3kπ/4)| で行う。- 加群
- 射影の 4 本の行はどれも直交で長さ² = 2 なので、m ∈ Z⁴ に対して q = πPm・q⊥ = πP⊥m がそのまま相棒の組になる。これで恒等式が閉じる。
- 階段
- 加群の点を |q| の小さい順に並べ、それまでの最大を超えた点だけを段として拾う。
- 測り直し
- ペンローズとダルベは回折の動物園の走査(Qmax=30)で最強のピークを取り、それを 72° ずつ回した 4 本を基底にして加群の点だけを遠くまで拾った。
検査
出典と権利
- 数理
- 模型集合の回折が窓のフーリエ変換で与えられることは M. Baake と U. Grimm, arXiv:1205.3633 の p.9 の式 (11)(12) で確かめた。ここでは恒等式を自分で立てて数で確かめている。連分数の最良近似(フルヴィッツ)と銀比 1+√2 も既知。このタイリングは Ammann が 1970 年代に、Beenker が 1982 年に独立に導いた(Bédaride と Fernique, arXiv:1208.3545 の p.3。Beenker の報告 TH-Report 82-WSK-04 は TU/e のリポジトリで開いた)。
- ギャラリー内
- 物差しはかけ算第19号 回折の動物園(発見28・35)、測り直した数字はかけ算第26号(発見79)。
- 親戚
- フィボナッチ・ワード・アンマン–ビーンカー・ペンローズ P3・Hat の回折
- 生成
- generators/coherence.js(coherence.svg カード・coherence-book.svg 帳簿)・tools/explore/coherence-limit.js(探索の原本)